VERAが天体距離の精密測定に成功!

天体の距離を測る

天体の距離を正確に測ること――これは、天文学のどの分野に研究においてもとても重要な基礎になります。何故なら、星や惑星、あるいは銀河といった天体の明るさや重さなどを知りたいときに、ほとんどの場合その天体までの距離が必要になるからです。天体の距離を決めるのに最も正確な方法は年周視差(地球の公転により発生する星の見かけの位置変化、図1参照)を用いた三角測量ですが、天体の年周視差は小さいので、その正確な測定はとても大変です。特に、直径10万光年の銀河系規模での年周視差計測は、現代天文学の一大フロンティアであり、国立天文台のVERAも、まさにこれを目的とするプロジェクトです。今回、VERAによって、史上最も遠い天体の年周視差計測に成功し、また、オリオン星雲という最重要天体の精密な距離決定にも成功しましたので、以下でその概要を報告します。

VERA

本題に入る前に、VERAについて簡単に紹介しましょう。VERA(ベラ、VLBI Exploration of Radio Asotrmetryの略)は岩手県奥州市、鹿児島県薩摩川内市、東京都小笠原村、沖縄県石垣市の4ヶ所に建設された、直径20mの電波望遠鏡4台からなる観測装置です。それぞれの望遠鏡で同時に天体を観測することで、直径2300km(奥州市と石垣市の距離)の電波望遠鏡に相当する高い分解能が得られます(図2)。さらに、VERAでは、世界で初めて2つの方向を同時に観測することのできる2ビーム観測システムを用いて、天体位置の精密計測で大きな誤差を生み出す「大気ゆらぎ」を補正することができます。つまり、VERAは年周視差計測に最も特化された電波望遠鏡であるといえます。これによって天体の年周視差を精密に計測して距離を正確に求めます。VERAはこの方法によって、最終的には天の川銀河の天体のうち約1000個程度について距離と運動を計測し、天の川銀河系の地図をつくることを主な目的としています。さらに、天の川銀河の構造と運動状態を明らかにすることにより、現代天文学において大きな謎である暗黒物質(ダークマター)の分布や正体の解明に役立つと期待されています。

年周視差の世界記録の達成

今回報告する天体の一つ目は、S269(シャープレス269)という星雲で、オリオン座の方向にある、若い星が生まれている領域です。VERAによって、2004年秋から1年間、S269内の電波天体の位置変化を精密に測定し、年周視差を検出することに成功しました(図3)。その大きさは189±8マイクロ秒角(約2000万分の1度)とたいへん小さいものであり、これから天体の距離は1万7250±750光年と求められました。この視差は、1838年にベッセルが白鳥座61番星で年周視差を初めて計測して以来、人類が計測した中で最も小さいものになります。言い換えると、三角測量の原理を使って人類が計測した最も遠い距離、ということもできます。これまでは、さそり座X-1という天体(距離9050光年)が年周視差で到達した最遠の天体だったので、今回の結果はこれを一挙に2倍近くに拡大したことになり、最新技術を結集したVERAの高い能力を示しています。

また、今回の観測から、S269の位置(太陽系から1万7250光年、銀河系中心から4万2700光年)での銀河系の回転速度を計測することにも成功しました。得られた回転速度は、銀河系の星の質量から期待される回転速度よりも大きく、太陽系とS269の間の領域にも大量の暗黒物質(ダークマター)が存在していることも明らかになりました。具体的には、S269よりも内側の領域(銀河系中心から4万2700光年以内)の質量が約1200億太陽質量で、その30%に相当する約360億太陽質量が暗黒物質であると求められています。

オリオン星雲の距離の大幅な精度向上にも成功

一方、今回報告するもう一つの観測天体として、オリオン大星雲の中にあるOrion KL(Kleinmann-Low)領域があります。この領域は太陽の数十倍の質量を持つ巨大な若い星など多くの星が誕生しつつある活発な領域です。そのため、星の誕生について研究を行う上で、Orion KLは最も重要な観測対象として知られています。Orion KLの距離としては、1981年にGenzel(ゲンツェル)らによって得られた1565±260光年という値が良く用いられてきました。ただし、これは三角測量による結果ではなく、大きな誤差を含んでいる可能性がありました。今回VERAによって、2004年1月から2006年7月までの間、Orion KL領域にある強い電波源の位置を正確に測り続けることによって、三角測量(年周視差計測)の原理でOrion KLの距離を1425±62光年と決定しました(図4)。この結果はGenzelらの結果とは矛盾しない値ですが、計測精度は4倍向上し、かつ、年周視差による三角測量であるという点において、画期的な成果です。今回の成果により、過去の天体の距離決定を見直し、星の誕生の研究をより高精度化することが可能になったという点でも大きな意義があります。

今回の結果は、VERAが目標とする銀河系の地図作りの第一歩であり、最初からこのようなインパクトのある結果が得られたことで、幸先の良いスタートが切れたと考えています。今後は、これから15年程度をかけて、多数の天体の距離を正確に決定し、銀河系の真の姿を描き出すことがVERAの進めべき道となります。一方、VERA以外にも、アメリカではSIM、欧州ではGAIA、日本ではJASMINEといった銀河系測量を目指した衛星が計画されています。順調に行けば、これらのデータが出そろう2020年ころには、我々の銀河系に対する理解が飛躍的に進歩していると期待され、今後の研究の進展が楽しみです。

図1
年周視差を用いた天体の距離決定の概念図。地球の公転により星の位置は季節とともに少しだけ変化し、これを年周視差と呼びます。地球と太陽の間の距離は正確にわかっているので、年周視差を測れば天体までの距離を得ることができます。

図2
VERAの局配置図。日本列島の4ヶ所に配置された電波望遠鏡で電波干渉計を構成し、あたかも直径2300kmの巨大望遠鏡で観測したかのような高い分解能を達成します。

図3
S269の赤外線の写真(左、名古屋大学1.4m赤外線望遠鏡で撮影)と、VERAで得られたS269の電波源の東西方向の運動(右)。黒丸は観測点、点線は天体自身の固有運動、曲線は固有運動と年周視差を含む最適なモデルをそれぞれ表します。1年周期で波打つ動きの振幅から、年周視差が189±8マイクロ秒角(約2000万分の1度)、距離が1万7250±750と求まりました。

図4
オリオン星雲の写真(左、すばる望遠鏡で撮影)と、VERAで得られたオリオンKL領域の電波源の天球面上での動き(右)。年周視差の計測から、距離が1425±62光年と求まりました。

「国立天文台ニュ-ス No.170より転載」<水沢VERA観測所 本間 希樹>

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