You are here月面天測望遠鏡の基礎開発と地上実験

月面天測望遠鏡の基礎開発と地上実験


 1990年代といえば、まだ、日本の月探査機「かぐや」が打ち上がる前ですが、日本の宇宙開発、とくに月探査計画について、いろいろな議論が、いろいろなところで活発に行われていました。宇宙科学研究所(ISAS)から1995年11月に出版された「大型月科学探査検討報告書」の中には、月探査の三つの柱の一つに、月からの科学があり、月面は将来の天文観測にとって究極の観測地点になる可能性があるので、その可能性について、科学的、技術的な検討を行う必要があると述べられています。その後、「将来の月面天文台にとっても・・・」等と、月探査計画を進めるための文書にしばしば登場し、その先に月面天文台があるというのが一つの暗黙の了解にもなっていました。ただし、その前提として、将来月面に基地が出来て、十分な機器の運搬や天文台の運転維持ができるという条件がついていることも重要です。この条件がつく限り、いつ実現するかわからないというのが正直なところです。

 月面天文台の実現を目指す流れは主流ではないにしても、確かにあり、その方向に進もうとしている人たちが少なからずいることも事実で、その状況を背景にして、国立天文台のRISE推進室(当時)は、月の回転の乱れを観測する小型望遠鏡(月面天測望遠鏡)の検討に着手しました。月の回転をその場で測るということから、ILOM(In-situ Lunar Orientation Measurement)計画と名付けられました。初めの頃は、宇宙開発事業団NASDA(当時)からも開発費のご支援をいただき、望遠鏡の鏡筒の部分を低膨張材質で製作して、月面上で予想される温度変化に対してどの程度の歪みが生じるかを調べる実験、予想されるひずみによって星の位置の観測にどの程度誤差が生じるかを調べる光学解析等を行ってきました。1999年からは、岩手大学の工学部と共同開発研究の覚え書きを結び、制御機構の開発を中心に、共同開発を始めました。また、その間、1999年3月に、NASDAとISASと共同で「次期月探査シンポジウム」を行い、2007年1月にはRISE研究会の一環として「月面からの天文学」研究会を行ったりして、計画への理解を求めてきました。

 その後、ILOM開発グループは、月探査機「かぐや」の打ち上げで忙しくなり、また、日本の月探査計画も見直され、着陸探査はなかなか実現しない状況になりましたが、国立天文台内の競争的資金や科研費等を獲得しながら、岩手大学工学部と共同開発を続け、地上実験用の望遠鏡がようやく完成しました(図1)。

 望遠鏡を用いて月の回転の乱れを観測する方法は、地球の極運動を観測するために、水沢を含む世界中の5カ所の緯度観測所で約120年前に始められた方法と同じです。地球は自転しているので、太陽や月と同じように、星も東から昇って西に沈みます。地平線上の真北から天頂を通って真南へ至る天球上の仮想的な大円(子午線)(または、鉛直方向に向けた望遠鏡の視野の中の仮想的な南北方向の中心線)を星が横切る瞬間の天頂からの角度を望遠鏡で測定すると、星の天球上の位置がわかります。逆に、あらかじめ位置がわかっている星を望遠鏡で観測し、予想した位置とずれていた場合は、観測自体に問題が無いとすると、観測している地球自身が傾いたことになります。このような観測を続けることによって、地球の自転軸の方向の変化を知ることができます。このような観測が、天体の内部を調べるのに有効なことを示す一例として、地球の中心核の外側が融けていること(流体核)の証拠となった「Z項」の発見があります 。

 今回開発した望遠鏡は、このような観測を月面で行い、地球や太陽の引力によって引き起こされる月の自転軸の方向の変化を観測して、月の中心核の状態を調べようとするものです。一般的に、自転している天体は、形(球か南北につぶれた扁平楕円体か)や、状態 (固体か液体か)によって、外からの力に対する自転軸の方向の変化の仕方が異なります。月の中心核の質量は、月全体の10パーセント弱しかないと推定されているので、中心核の大きさの違いや、中心核が金属か否か、液体か固体かによる、月の自転軸の方向の変化の仕方の違いは非常に小さく、10ミリ秒角(1度の36万分の1)程度と見積もられています。 そのために、月面で行おうとする観測は、それよりも精度良く観測する必要があり、1ミリ秒角を目標精度としています。 今回開発した地上実験用の望遠鏡は、地上で星の位置を観測するためのもので、口径が10cm、鏡筒の長さが約70cmの小型の望遠鏡です。焦点面には1辺7.4μmの画素が2014×2014に配列されたCCDが置かれています。これを用いて、地上での観測精度から月面での観測精度を予測したり、望遠鏡全体のシステムに問題が無いかどうかを確認する予定です。地上観測実験の第一歩として、2014年9月16日(1回目)と23日(2回目)に、国立天文台水沢構内で野外観測を行いました(図2)。望遠鏡の最大視野角は約1度ですが、その中の0.2度四方の部分(CCDでは512×512の画素の領域に相当する)を切り出したCCDの画像を図3に示します。1秒の露光時間で撮影した結果、7~8等級の明るさの星が6個はっきりと写りました。つぎに、それぞれの星像の中心位置を求めました。各画素に蓄えられる電荷の量は、その画素に照射された光の強さに比例するので、電荷の量の分布から星像の明るさの分布がわかります。実際の星像は、回折や、いわゆるピンぼけのために10×10程度の画素に広がっていること以外に、空気のゆらぎ、反射鏡として使われている液体の水銀面のゆらぎ、ノイズ等が加わって、釣り鐘型の正規分布からずれた形になるのが普通です(図4の上)。これを、正規分布で近似してその中心から星像中心を求めます(図4の下)。元の星像の明るさの分布が不規則なほど、星像中心位置を正確に求めるのが難しそうであることが想像できると思います。

 CCDに記録された星像から、その中心位置をいかに精度良く求めるかは、位置天文観測にとって共通の重要な問題で、セントロイド実験と呼んでいます。ILOM開発グループも、赤外線の位置天文観測用宇宙望遠鏡を開発している国立天文台のJASMINE検討室と共同で長年にわたってセントロイド実験を行い、これまで、人工光源を用いた室内実験で星像中心位置を1画素の大きさの1/300以下の精度で求めた実績があります。星像の形を表す関数形や近似式を改良してさらに高精度を目指した開発を続けています。

 今回の野外観測の結果は、水銀面を用いた室内実験でこれまで得られた0.1秒角(CCD面上で1画素の約1/15に相当する)程度のばらつきに比べて、0.4秒角程度のばらつきと、約4倍大きくなりました。その原因として、実際に観測した星は、実験室で使用した人工光源による星像に比べて暗く、雑音に対する信号強度の比が十分に大きくなかったこと、大気揺らぎの影響、等が考えられます。図4の星像の明るさの分布からもそのことが確認できます。今後、星の明るさと星像中心位置の観測精度との関係を調べたりして、地上での望遠鏡の観測精度を追求していく予定です。

<文責 花田>