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DLRベルリンとアドラースホーフ


1月中旬から、ベルリンのドイツ航空宇宙センター(Deutsches Zentrum für Luft- und Raumfahrt、DLR)に研究滞在しています[1]。今回はこの DLRベルリンとその所在地であるアドラースホーフ(ドイツ語で「ワシの庭」という意味)についてご紹介します。

ヨーロッパには、現在19カ国が参加している欧州宇宙機関(European Space Agency、ESA)があり、ドイツも多額の予算を拠出し、ESAにおける宇宙開発、研究の一翼を担っていますが、その一方で、国内にも独自の宇宙開発の政府機関DLRを持っています。DLRは、本部のあるケルンをはじめとしてドイツ国内20箇所に拠点を持ち、約8,000人が働いている大規模な組織です。

DLRベルリンは、ベルリンの中心部から少し離れた南東部にあるアドラースホーフという場所に位置しています。この地域は、DLRをはじめとした非大学系の研究機関や、フンボルト大学ベルリンの自然科学系の学部、企業の工場や研究所などが立ち並ぶサイエンス・テクノロジーパークと、設備の整った撮影スタジオがあり、テレビ、ラジオ、映画などの収録が多く行われているメディア地区から構成されています。この地域が辿ってきた歴史はなかなか興味深いもので[2]、1909年にドイツ初の動力付き飛行機用飛行場が作られたことに始まります。1912年には、DLRの前身であるドイツ航空研究所(Deutsche Versuchsanstalt für Luftfahrt、DVL)がここに作られました。その後、第一次世界大戦時の軍用機製造によって発展、ワイマール共和国時代には、世界初の旅客機がここから飛び立ちました。第二次世界大戦を迎えると、ナチスの軍事作戦のため最先端の航空研究開発が精力的に実施される場所へと姿を変えました。戦後は東ドイツ領となり、ドイツ科学アカデミーや、ドイツテレビジョン放送局(東ドイツの国営放送局)が設置されました。そして東西ドイツの統一後、これらの跡地の再開発が行われ、ドイツの科学技術やメディア発信を支える場所になりました。DLRベルリンは1992年からここに居を構え、2012年にはDVL発足から100周年をお祝いしたそうです。

DLRベルリンには、今回私が滞在している惑星科学研究所を含め、10の研究所と施設が置かれており、DLRの宇宙探査に関する開発、研究はほぼここで行われているとのことです。1月初めには、年初のレセプションが開催され、DLRベルリンの主要な研究内容や、関与している多数のミッションの紹介を聞くことができました。昨年秋の土星探査機カッシーニの運用終了は大きく取り上げられ、また、今年注目すべき宇宙探査ミッションの動向として、水星探査機ベピコロンボの打ち上げやRISEグループのメンバーも関わっている火星探査機インサイトの打ち上げ、はやぶさ2の小惑星到着なども取り上げられていました。この日は丁度私がこちらに到着した翌日にあたり、来て早々、現在のDLRベルリンの活動内容を概観できる貴重な機会でした。

(文責 山本)

 

[1] 本滞在は、日本学術振興会の研究拠点形成事業「惑星科学国際研究ネッ トワークの構築」、およびベルリン工科大学の支援を受けました。

[2]参考:https://www.adlershof.de/en/the-location/history/