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火星内部構造推定の現状とInSightへの期待


 

○ はじめに
地球と同様に、火星はおおまかに地殻・マントル・核という層構造を持つと考えられています。それぞれの層の厚さ・密度・状態(固体か液体か)は、火星が誕生してから現在までどのように進化してきたかを考える上で重要な情報です。直接見ることのできない天体の内部構造はどのようにして探るのでしょうか?これまで、重力・形状・回転・潮汐など、いくつかの測地観測を基にモデルが作られています。まず、これらの観測からお話ししましょう。

○ これまでの観測
・重力場とその潮汐変動
重力場は、火星内部の密度分布を反映しています。火星を周回する探査機(周回機)の軌道は、主に火星の重力場に支配されていますので、逆に地上局から電波で軌道を追跡すれば重力場を知ることができます。火星は主に太陽の引力の影響を受けて全体が変形(潮汐変形)し、それに応じて重力場もわずかながら時間変化しています。精密な軌道追跡によって、この潮汐による重力の時間変動の大きさ(変形のしやすさ)を測ることができます。ただし、周回機に太陽光があたることで受ける圧力や、薄いながらも火星に存在する大気の抵抗によって軌道が乱されるので、これらの効果を精度よく推定して補正する必要があります。

・形状
表面の凸凹(形状)を知るには、周回機に搭載されたレーザ高度計という観測機器を用います。レーザ高度計が測るのは周回機から火星表面までの距離(A)ですが、火星重心から周回機までの距離(B)は地上からの電波観測で周回機の軌道を決めれば分かるので、火星重心から表面までの距離(C、すなわち地形)はC = B – Aで計算できます。

・回転
火星の回転は一様ではなく変動しています。その変動の内、大構造に深く関係しているのが歳差・章動とよばれる現象です。火星の扁平な形に潮汐力が作用して自転軸の向きが変わります。火星から見た「北極星」(火星の自転軸方向にある星)の位置は、約17万年かけて次々と変わっていきます。このように、自転軸が長い時間をかけて空間を一周するのが歳差です。歳差の周期は、VikingとMars Pathfinderという火星着陸機を電波で追跡することで分かりました。二つの着陸ミッションそれぞれの運用期間は短かったのですが、ミッションの間が約20年空いたことで、このようなゆっくりとした変動でもその一部を捉えることができました。自転軸の方向は火星の一年より短い周期でも変動しています。これが章動ですが、火星内部の情報を引き出すのに十分な精度ではまだ観測されていません。
 
○ これまでに分かったこと、まだ分からないこと
・中身は一様?
上記の観測からどのような火星内部構造が推定できるのでしょうか?まず、火星全体としての密度(平均密度)は、火星の質量を体積で割って得られます。前者は重力観測から、後者は形状観測から分かります。その値(約3.9 g/cc)から、火星の大部分は岩石でできていると考えられます。では、その中身は一様でしょうか、それとも密度に偏りがあるのでしょうか?それを知る鍵は火星の「回しにくさ」を表す慣性モーメントです。慣性モーメントは重力場と回転(歳差)の観測から得られます。内部が一様な火星より、中心に密度が高い物質が集中している火星の方が回し易く(慣性モーメントが小さく)、同じ力をかけた際により速く回ります。観測された火星の慣性モーメントは、内部一様を仮定した値より小さいことが分かりました。これは、火星の中心に向かってより重い物質が存在する、すなわち、火星の内部も地球と同様に地殻・マントル・核という層に分かれていることを示唆します。

・地殻
 重力場と形状の情報を組み合わせると、地殻の厚さを推定することができます。ただし、その際に地殻とマントルの密度としてもっともらしい値を仮定しなければなりません。実際の地殻の厚さはどの程度なのか?地殻は一様で層構造を持たないのか?これらはまだよく分かっていません。

・マントル
 マントル部分は火星の体積の大部分を占めるので、その密度は火星全体の平均密度に近いと考えられます。しかし、深さによってどのように密度や組成が変わるのか?どのような温度構造を持つのか?マントル対流はあるのか?これらもまだよく分かっていません。

・核
核は融けているのでしょうか、それとも固体でしょうか?これは、潮汐変動の大きさを調べれば見当がつきます。もし火星内部に融けた核のような流体部分が存在すれば、全体として変形しやすく(軟らかく)なるので、全体が固化した(硬い)場合より潮汐力に対する応答が大きくなります。潮汐による重力の時間変化を調べた結果は、少なくとも火星の核の一部は融けていると考えるとうまく説明できます。ゆで卵と生卵の回り方が違うように、太陽からの潮汐力で回転が揺らされて起こる火星の章動は、流体核の影響を受けます。流体核の大きさや扁平の度合によって、章動の大きさが変わり得ます。しかし、まだその影響を見分けるほど精度の良い章動の観測はなされていません。

・各層の厚さや密度
融けた核が大きいほど全体としての軟らかさが増すので、潮汐応答の大きさは流体核半径の情報を含んでいます。しかし、その半径を決めるのは一筋縄にはいきません。なぜなら、潮汐応答は中心から表面までの火星全体の性質を表すものであり、地殻・マントルの軟らかさを別途決めない限り、核半径は決まらないからです。これは、慣性モーメントから具体的にどの深さにどの密度が分布しているかを推定する場合も同様です。慣性モーメントの値ただ一つから、各層の厚さと密度を決めることはできません。したがって、現状では火星から地球に飛来した隕石の分析結果など鉱物学的な情報も加味して地殻・マントルの性質を考えた上で、測地観測値に合うように火星内部構造モデルが作られています。

○ InSightへの期待
 地球の内部構造の多くは地震観測で明らかになりました。InSightは、火星内部構造の研究に地震学的な強力な視点を加えるとても魅力的なミッションです。まずは一点のみの観測ですが、着陸点付近の地殻・マントルの構造が地震計のデータから明らかになるでしょう。熱流量の観測は、火星の内部からどのように熱が逃げて今の構造になったのかについて、その歴史を知るヒントを与えてくれます。回転観測から、章動の大きさの増幅率が正確に決まり、核についての新たな情報が得られるかもしれません。このように、InSightのデータを既存の測地観測と組み合わせることによって、火星全体の内部構造の理解が進むことが期待されます。また、先駆けとなるInSightで火星の地震活動度が明らかになれば、複数の火星着陸ミッションによる多地点同時地震観測が将来実現するかもしれません。そうすればより詳細な火星内部構造の情報が得られ、地球と比較することで惑星の進化についての理解がより深まるでしょう。

2018年11月22日