第2回目の意中の人は
川口則幸さん

海の男になっていた!?

マダム

川口さんは、天文学者になるまでどのような道のりをたどってこられたのでしょうか。

川口

じつは、いまでも自分を天文学者とは思っていなくて、天文技術屋だと思っているんです。ずーーっと天文観測をするための装置を作ってきました。望遠鏡を作り続けた人生ですね。

マダム

観測のための技術開発をする研究者なのですね。

川口

そうです。私のルーツはアマチュア無線。親父が日本電気に勤めていて、お小遣いをもらってラジオや受信機を作ってたね。秋葉原の無線デパートによく連れて行ってもらった。

マダム

その方面にとても恵まれた家庭環境だったんですね。

  熱弁をふるう川口所長
熱弁をふるう川口所長
川口

恵まれてたね。それでアマチュア無線をやって、電気通信大学に入って船舶無線通信士の資格をとった。実技が厳しくてね。50人からどんどん脱落していって最後まで生き残るのが3人。その3名は、日本郵船、商船三井、ジャパンラインに各1名ずつ採用されることが確定していた。ちなみに私もその中の1人です。

マダム

すごーい!

川口

それで3人に残って、さぁこれからと思ったら、私らの代から無線通信士の採用がゼロになっちゃったの!無線通信士になりたくて、国家試験も通って免許もとって、さぁこれからだっていうときに。

マダム

ひとつの道に賭けていた。その夢が断たれてしまったとき、どうされたんですか。

川口

パッと変えたけどね。船舶通信士はあきらめたけれど、大学院に移って電波の研究に変えました。

マダム

電波の研究に変えて、この道で花が咲きました!

川口

良かったよ~花が咲いて(笑)。人生ってわからないものだね。

マダム

1年ずれていたら海の男だったかも知れないんですね。

川口

だから船舶通信士には思い入れがあるんだよね。私たちは最後の船舶通信士志望学生だったんだなぁ。(しみじみ)今も第1級無線通信士の資格は持ってますよ。ほら、これが私が死ぬ気でとった免許証だよ。

マダム

まぁ!イケメン♡

川口

学生時代の写真だからね。髪だってフサフサだよ(笑)。

  思い出深い無線通信士の免許証
思い出深い無線通信士の免許証
川口 則幸
氏名
川口 則幸 かわぐち のりゆき
出身地
岐阜県生まれ
紹介

1977年から37年間、ひたすらVLBIに関連する研究を進めてきました。
観測装置の開発が主で、他の電波天文観測システムにはないVLBIに特有の装置、水素メーザ原子時計や磁気記録装置、相関処理装置の開発を行ってきました。
観測成果では、太平洋プレート運動の検出や世界で初めてのスペースVLBI観測の成功、VERA計画での年周視差計測の成功などが挙げられます。