研究者になるまでの道のり

研究者になるまでの道のり

坂井

天文に興味を持ったのはアポロの講演会でしたけど、天文学者になろうと思ったきっかけは、祖父江さんとの出会いです。

マダム

祖父江義明教授ですね。

坂井

はい。僕は出会いの連続でここまで来たと思います。進路に迷ったとき、いつも背中を押してくれる何かがありました。僕が学部4年のときに祖父江さんが鹿児島大学に来られて、銀河天文学という講義をされて、それを聞いたときに、「うわあ、おもしろい!」って思ったんです。それでもう夢中になって、これはもっとやりたいって思いました。いままで勉強してきた基礎の物理や、物理のための数学に対して、天文を深めるためにやってきたんだな、ということに気づいた時期とも重なり、天文をもっとやりたい思いがつのって祖父江さんの研究室に入りました。実際に入ってみて本当に楽しかった。祖父江さんは天文の楽しさを教えてくれました。

マダム

いい話ですね。天文学の研究者になるためには修士、博士まで修める必要ありますが、その後はどうされたんですか。

坂井

修士も鹿児島大学でとりました。僕の修士の指導教官は中西裕之さんです。中西さんは、楽しい楽しいで好き放題やっていた僕に現実を教えてくれました。鹿児島大学には口径1mの光・赤外線望遠鏡があるんですが、もともと僕はそちらの光の望遠鏡を使ったグループに所属していたんです。

マダム

えっ?電波じゃなかったの?!

坂井

はい。光の観測データを使った銀河の研究をしていたんですけれども、なかなか結果が出なくて。それで、修士1年の秋の段階で結果がでなかったら光の望遠鏡をやめてVERAを使おう、ということになりました。案の定、結果がでなくて(笑)。だから修士1年の秋に、「光の望遠鏡から転向」という形で僕はVERAに出会いました。

マダム

そうだったんですね。でもさっきの研究の話を聞くと、光の観測をしていた経験が坂井さんの研究に生きていますよね。

坂井

そうなんですよね。いまはまた光に戻ってきた感じです。

マダム

博士課程の指導教官はどなたでしたか?

坂井

本間希樹さんです!本間さんは僕に研究者のイロハを教えてくれました。とくに論文執筆については非常にきびしく指導していただき、研究者としての心得を学びました。めげずにしつこくがんばる根性とか(笑)。僕は本当に出会いに恵まれていると思います。