本研究が与えるインパクトと今後の展望

科学的意義

ブラックホールはアインシュタインの一般相対性理論が予言する究極的な天体です。そのブラックホールが作るシャドウを捉えたことは極限まで歪んだ時空構造の視覚的証拠であり、強い重力場における一般相対性理論の電磁波による直接検証が初めて可能になったことを意味します。また天文学的には、宇宙で最も明るく輝く高エネルギー天体であり、銀河や星の形成・進化に大きな影響を及ぼしたとされる「活動銀河中心核」の正体が巨大ブラックホールであるということを決定的にしました。一般相対性理論・活動銀河中心核はいずれも20世紀初頭に提唱・発見されて以来100年以上の長きに渡る問いであり、今回の成果は物理学・天文学史に残るマイルストーンとなります。

新たな宿題

一方で今回の観測では新たな課題も見つかりました。これまで長い波長を用いたVLBIで撮影されてきたM87画像では中心部から右上に伸びる強力なジェットが見られます。しかし今回のEHT画像では中心のブラックホールとリング状の放射のみが際立って検出されており、ジェットとのつながりがはっきりとは解決しませんでした。ブラックホールの強い重力を振り切りどのようにしてジェットが生成されるのか、この謎はブラックホール研究における残された最重要課題といえます。

今後の展望

今回の成果は「直接撮像によるブラックホール天文学」の幕開けを意味します。EHTは更に高画質・高解像度なブラックホール画像取得を目指し、望遠鏡ネットワークの拡張やより波長の短い電波を用いた観測の準備を進めています。またモニター観測によるブラックホールの動画撮影や、偏光を用いた観測を行い、ブラックホール周辺のガスの運動や磁力線構造をより詳しく探査します。一方噴出するジェットとの関連を明らかにするためには、EHTに加えて波長の長いVLBIによる相補的な観測が必要不可欠です。そこで日本・東アジア独自の取り組みとして、私たちは主に7mm・13mm帯で稼働する東アジアVLBIネットワーク(EAVN)を用いてM87ジェットを集中的にモニターし、EHTによるブラックホール画像と組み合せた分析を進めています。これらの観測データを日本が長年培ってきたジェットの理論研究、スーパーコンピュータを用いた最先端のシミュレーション研究と比較することで、ブラックホールジェット生成機構の究極的解明を目指します。私たちのブラックホール研究は始まったばかりです。

2018年以降にEHTに参加する観測局 (左上、クレジット : NRAO/AUI/NSF)、東アジアVLBI観測網 (EAVN: 右上、クレジット : Reto Stöckli, NASA Earth Observatory)、天文シミュレーションプロジェクトのスーパーコンピュータ アテルイII (左下)、シミュレーションによるジェット (右下、クレジット : 一般相対論的輻射輸送計算:川島 朋尚 (国立天文台), 一般相対論的磁気流体シミュレーション:中村雅徳 (台湾中央研究院))