望遠鏡

南米チリ北部アタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡(ALMA)は日本を含む国際協力により建設・運用されています。またハワイ島マウナケア山頂にあるジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)は、日中韓台からなる東アジア天文台がイギリスとカナダと共に運営している望遠鏡です。EHT観測では、日本の研究者も運用に参加し、観測を支えています。2017年の観測では、日本から本間がJCMT運用に参加しています。また秋山 (当時海外学振PD) は中央司令室のメンバーとして、全観測局の状況を監視し、気象条件に応じて観測の実行/中止を議論し、観測中は各局の観測を監視・補助する役割を担いました。

アルマ望遠鏡(左)とJCMT(右)(クレジット : William Montgomerie)

装置開発

ALMAにある 50 台の望遠鏡を1つのVLBIの観測局とするためのプロジェクトがALMA Phase-up Project (APP) です。標高5000mにある観測場所でアンテナ同士の信号を足し合わせ、そこから30 km離れた中間山麓施設 (標高2900m) に光ファイバーを使ってデータを送り、ハードディスクに記録します。日本が担当したのは、足し合わされた信号を中間山麓施設に送る「光多重伝送装置」の開発・製作です。これまで日本は、光ファイバーを用いてデータを伝送する実験を、実際のVLBI観測で行なっていたため、その経験をプロジェクトに活かすことができました。2012~2013年にエレックス工業の協力のもと開発し、2014年には実際にALMAでの搭載作業を行いました。2017年のEHT観測で得られたALMAのデータも、すべてこのシステムを経由して伝送・記録されました。開発、設置には本間・小山(友)・秋山 (当時国立天文台所属) が携わりました。

観測戦略立案

EHTで観測を行うためには、アルマ望遠鏡をはじめとする様々な望遠鏡に対して、観測提案書を提出します。その後、世界中の研究者が応募する他の観測テーマと同様に審査され、その内容や意義が評価されて初めて、実際の観測が行われます。2017年のM87の観測については、日本が長年にわたる研究実績を持つことから、秦・秋山 (当時海外学振PD) が執筆の中心メンバーに加わり、台湾 ASIAA 所属の浅田・中村らとともに大きく貢献したことで、貴重な観測時間を得ることができました。また、観測提案書には、日本が開発したデータ解析ソフト (SMILI) を使ってシミュレーションデータから復元した画像が採用されています。

M87の2017年観測提案書に掲載した図。上の等高線で示された電波画像は、秦らによって観測された、M87中心核をEHTよりも大きいスケールで見たもの。下の3枚の画像は、左から計算によって得られたブラックホールシャドウのモデル画像、それをALMAを含まないEHTで擬似的に観測した場合の復元画像、ALMAを含んで擬似的に観測した場合の復元画像を示す。2枚の復元画像はいづれもSMILIを使って画像化された。(左上と左下のシミュレーション計算に基づく画像は、Moscibrodzkaらによる2016年の論文と、Dexterらによる2016年の論文より引用)

画像解析

VLBIでは、世界各地にある電波望遠鏡で得られた観測データを解析 (画像化) することで、初めて画像を得ることができます。日本は、スパースモデリングという統計手法を応用した観測データの画像化手法の開発を行い、その手法を実装したソフトウェア (Sparse Modeling Imaging library for Interferometry; SMILI) を、秋山 (現在はアメリカ国立電波天文台 ジャンスキーフェロー、MITヘイスタック観測所) を中心に新たに開発しました。また日本が開発したスパースモデリングを用いた手法は米国のチームが開発したソフトウェア(eht-imaging)にも一部取り入れられています。2017年のEHT観測データの解析では、従来法 (DIFMAP) ・米国提案法 (eht-imaging) ・日本提案法 (SMILI) の3つ異なる画像化手法を用いたソフトウェアが採用され、日本が開発したSMILIも本成果に大きな貢献を果たしています。データ解析ソフトの開発には、田崎・森山・池田・笹田・本間・沖野・崔が携わっています。
また、秋山(就任当時海外学振PD)はEHTにおける画像化作業班のリーダーの一人として、EHT観測データの画像化を主導し、作業班全体の取りまとめを行いました。

リング状に見える天体 (左) をEHTで擬似的に観測した場合に、SMILI を使って復元できる画像 (右)。(クレジット : EHT Collaboration)

観測データを解析して、画像を得るために、EHTプロジェクトでは、4つのイメージングチームを作って、情報を共有することなく独立に画像復元に挑戦しました。チーム2は秋山をリーダーに、日本・米国・オランダという世界中の研究者が集まり、複数の解析ソフトを駆使して画像化に取り組みました。日本からは、森山・田崎・本間・池田・笹田・秦がチーム2に参加し、SMILIや従来法を使って画像を復元しました。また永井は、台湾 ASIAA 所属の小山翔がリーダーを務めるチーム4に参加し、同じくASIAA所属の浅田らとともに、従来法を使った画像復元に取り組みました。4つのチームが独立にブラックホールシャドウの検出に成功したことがわかった後は、さらに上記の邦人を含む4つのチームが一丸となってブラックホールシャドウの検出が本当かどうかを慎重に解析しました。

理論・シミュレーション

得られた観測結果を物理的に解釈するためには理論的な考察が必要です。川島・紀・當真は、台湾 ASIAA 所属の中村と協力して、ブラックホールと降着ガス、ジェットについて世界的にも独自の理論研究を行い、これまで計算コードの開発やスーパーコンピュータシミュレーション、観測家との連携研究を蓄積してきました。シミュレーションには、国立天文台が所有するスーパーコンピュータ アテルイII を使用しています。ゲーテ大 (フランクフルト) 所属の水野陽らを中心としたEHT国際理論チームの中では、シミュレーションライブラリの結果について解釈と議論を1年以上かけて注意深く行い、ジェットパワーの情報を使って理論モデル・物理パラメータを厳しく絞り込むことを提案しました。またEHTのブラックホール画像とEAVN(東アジアVLBIネットワーク)によるジェット画像を整合させる理論モデルを構築し、今回の論文においてEHTが目指す今後の重要課題として位置づけました。以上に貢献にもとづき、川島・紀・當真は、中村とも協力して今後のEHT観測提案においても理論的側面をリードしていきます。

上:理論モデル [一般相対論的輻射輸送計算:川島 朋尚(国立天文台), 一般相対論的磁気流体シミュレーション:中村雅徳(台湾中央研究院)]
下:VLBI観測画像(東アジアVLBI電波観測網 AGN サイエンスワーキンググループ)