揺れ動くM87巨大ブラックホールのシャドウ

2009年から2017年にわたるイベント・ホライズン・テレスコープの観測により、M87の巨大ブラックホールシャドウの揺れ動く姿が明らかになりました。


イベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーションによって人類史上初めて撮影されたブラックホールが2019年に公開され、楕円銀河M87の中心に潜む巨大ブラックホールの姿が明らかになりました。 イベント・ホライズン・テレスコープ (以降EHT) の研究者たちは撮影された姿から得た知識を元に、未発表のものを含む2009年から2013年の間に取得されたM87試験観測データを解析しました。 その結果、ブラックホールを取り囲む非対称なリング構造が8年間にわたり定常的に存在する一方で、その向きが揺れ動く様子が示唆されました。 これらの成果はブラックホールの姿が時間と共にどのように変化していくかについて新たな知見を示すものです。本成果は米国のアストロフィジカル・ジャーナルに本日掲載されました。

画像1: 観測データの画像化や統計的解析で明らかになった2009年から2017年までのM87巨大ブラックホールの姿とそれぞれの観測で用いられたEHTの観測網。 リングの大きさは概ね変わらない一方で、明るい領域がある向きが時間と共に変化している様子が捉えられています。 クレジット: M. Wielgus, D. Pesce & the EHT Collaboration

EHTは超長基線電波干渉法の技術を用いて、世界中にあるミリ波・サブミリ波望遠鏡を用いて地球サイズの仮想的な望遠鏡を構成します。 これにより、かつてないほど高い解像度で天体を撮影することができます。 「EHTの視力は、月で行われているビリヤードの試合の動向を克明に捉えられるほどとてつもないものです」と本成果の筆頭著者であるハーバード・スミソニアン天体物理学センター、ハーバード大学ブラックホール・イニシアチブの天文学者であるマチェック・ウィールガス氏は述べています。 M87中心核はEHTの初期の試験観測網で2009年から2013年にかけて観測されました。 試験観測網は最初期の2009-2012年では3箇所にある電波望遠鏡、2013年には4箇所にある望遠鏡で構成されていました。 2017年には5箇所にある望遠鏡によってついに地球サイズの観測網に広がりました。

「昨年、私たちはブラックホールシャドウを捉えた画像を得ました。 画像に捉えられたのは、ブラックホールを取り囲む高温のプラズマによる明るい非対称なリング構造とその中心にある暗い領域です。 この暗い領域の中にブラックホールの事象の地平面が存在すると考えられています。」 とウィールガス氏は話します。「しかしこれらの画像は2017年4月のわずか1週間の間に行われた観測に基づくもので、天体の姿が時間と共に変化する様子を捉えるのには短すぎました。 そこで私たちは、昨年得られたこの非対称リングの形をしたのブラックホールの輪郭が過去の観測データと矛盾しないか、同じような大きさや向きをもっているか、ということを調べました。」

2009-2013年に行われた初期観測によって取得されたデータは、2017年の観測に比べて情報量が遥かに少なく、画像化することはできません。 そこでEHTの研究者たちは統計的手法を駆使して、M87中心核の姿が時間と共にどのように変化しているかを調べました。 2017年の観測で用いられた画像化手法は特定の構造を仮定することなしに天体の姿を明らかにします。 一方、より少ない初期観測のデータを解析した本研究では、観測データと様々な天体構造の幾何学的なテンプレートが比較されました。 そして、どのような形状が最も観測データをよく説明できるのかを統計的解析により明らかにすることでM87中心核の姿が調べられました。

このようにして2009年から2017年の8年間にわたる観測から、研究グループはM87巨大ブラックホールの姿が理論的な予測と整合することを示しました。 ブラックホールシャドウの直径はアインシュタインの一般相対性理論が予言する65億太陽質量のブラックホールのものと一致していたのです。 「2017年に撮影されたブラックホールの画像にあるような非対称なリング構造が、8年の長期にわたって存在することが本成果によって強く示唆されました。」 と、本研究に参加したマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所の秋山和徳氏 (当時アメリカ国立電波天文台ジャンスキーフェロー) は話します。 「長年にわたる複数の観測から同様の結果が得られたことで、昨年撮影されたM87中心核の姿やその中心にあるシャドウの起源がブラックホールにあることがさらに確実になりました。」

非対称なリング構造の大きさが変化していない一方で、研究グループは観測データに潜んでいたM87中心核の知られざる姿を発見しました。 リング中で明るく光る領域の向きが時間と共に変化し、揺らぐ様子が捉えられたのです。 これは科学者たちにとって大きなニュースでした。 私たちは初めて事象の地平面間際でブラックホールに流れこむガス流の構造が時間と共に変動している片鱗を見ることができたのです。 この領域はブラックホールに流れこむガスの一部が光速に近い速さで噴出するジェットの生成メカニズムや一般相対性理論の新たな検証方法を確立する上でも非常に重要です。

ブラックホールに落ち込むガスは、数十億度まで加熱され電離した高温のプラズマ状態にあり、さらにガスを貫く磁力線によって掻き乱されます。 「ガス流は乱流状態にあるため、非対称なリング構造が時間と共に揺らいで見えるのです。」 とウィールガス氏は説明します。 「向きに大きな変化が見られましたが、実際のところガス降着流に関する全ての理論モデルがこれを説明できるわけではありません。 つまり観測された天体構造の変化によって、我々はすでにいくつかのモデルを棄却することができたのです。」

「これらの初期の試験観測データを用いることで、長期的な観測でしか得られない貴重な発見がなされました。 このような長年にわたる観測は、高品質な天体の撮像が可能となった現在の観測網ではまだ実現できていません。」 と、EHTの創設者であるシェップ・ドールマン氏は述べています。 「私たちが2009年に初めてM87中心核の大きさを測った時には、まさかこの観測からブラックホールの動的な姿の片鱗を見ることができるとは予想もしていませんでした。 もしブラックホールが10年にわたってどのように変化するかを知りたければ、実際に10年にわたって観測を続ける他ないのです。」

EHTのプロジェクト・サイエンティストで、台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) のリサーチサイエンティストであるジェフェリー・バウワー氏はこう付け加えます。 「さらに拡張されたEHTの観測網でM87中心核を観測し続ければ、ブラックホール周辺の乱流のダイナミクスを調べるための新たな画像と豊富なデータがより一層得られます。 私たちはすでに新たにグリーンランドの望遠鏡を加えた2018年の観測データの解析に取り組んでいます。さらに2021年には新たな2箇所の望遠鏡を加えて観測する予定で、これによって大幅に画像の質が向上します。 ブラックホールの研究は今本当にエキサイティングな時期を迎えているのです。」

参考情報

国際協力プロジェクト、イベント・ホライズン・テレスコープ (EHT) は2019年4月10日に楕円銀河M87の中心部に潜む巨大ブラックホールの初撮影の成功を発表しました。 この初撮影は、地球サイズの仮想的な望遠鏡を作ることにより実現しました。 大規模な国際協力のもと、EHTは最新鋭のシステムを用いて現存する望遠鏡をつなげ、前人未到の超高空間分解能を有する新たな観測装置を作り上げたのです。

以下の望遠鏡が現在EHTコラボレーションに参加しています。 アルマ望遠鏡 (ALMA)、APEX望遠鏡 (APEX)、グリーンランド望遠鏡 (GLT)、IRAM 30m 望遠鏡 (IRAM 30m)、NOEMA観測所 (NOEMA)、 キットピーク12m望遠鏡 (Kitt Peak)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡 (JCMT)、大型ミリ波望遠鏡 (LMT)、 サブミリ波干渉計 (SMA)、サブミリ波望遠鏡 (SMT)、南極点望遠鏡 (SPT)。

EHTコラボレーションには、以下の13の機関が参加しています。 中央研究院天文及天文物理研究所 (台湾)、アリゾナ大学 (米国)、シカゴ大学 (米国)、東アジア天文台、ゲーテ (フランクフルト) 大学 (ドイツ)、 マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所 (米国)、ミリ波電波天文学研究所 (フランス、スペイン)、アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡 (メキシコ)、 マックスプランク電波天文学研究所 (ドイツ)、自然科学研究機構国立天文台 (日本)、ペリメーター研究所 (カナダ)、ラドバウド大学 (オランダ)、スミソニアン天体物理学観測所 (米国)。

論文情報

原論文:M. Wielgus et al.: “Monitoring the Morphology of M87* in 2009-2017 with the Event Horizon Telescope”, in Astrophysical Journal (2020, September 23)

DOI: 10.3847/1538-4357/abac0d

https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/abac0d

画像・映像資料

M87巨大ブラックホールの姿とそれぞれの観測で用いられたEHTの観測網 (画像1)。クレジット: M. Wielgus, D. Pesce & the EHT Collaboration [PNG] [JPG]


M87中心核のリング構造の直径が変化していないこと、そして測定された向きとその誤差を示したアニメーション (英語のみ)。 クレジット: M. Wielgus & the EHT Collaboration [GIF] [AVI]


EHTの観測網の歴史。クレジット:M. Wielgus, D. Pesce & the EHT Collaboration [PNG] [JPG]


M87中心核が1年間にどのように変化するのかを示したスーパーコンピュータのシミュレーション動画。 クレジット: G. Wong, B. Prather, Ch. Gammie, M. Wielgus & the EHT Collaboration [MPG] [AVI]


関連リンク