天の川銀河中心のブラックホールの撮影に初めて成功

国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」は、地球規模の電波望遠鏡ネットワークを使って、私たちが住む天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールの撮影に初めて成功しました。今回の結果は、この天体が間違いなくブラックホールであることを示す揺るぎない証拠であり、多くの銀河の中心に存在すると考えられている巨大ブラックホールの働きについて貴重な手がかりを与えるものです。

[図1] 史上初の天の川銀河中心のブラックホールの画像。(クレジット:EHT Collaboration)

研究の背景

ブラックホールは、アインシュタインの一般相対性理論で予言された、非常に強い重力を持った天体です。2019年4月にイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーションが、楕円銀河 M87 の中心にある巨大ブラックホールを撮影した成果を発表しました。この画像の中心にある暗い部分がブラックホールシャドウ(※1)と呼ばれ、ブラックホールによって光が脱出できない現象を捉えた確かな証拠となりました(詳しくはこちらをご覧ください)。

[図2] 2019年に公開されたM87銀河の中心にあるブラックホールシャドウの画像。ブラックホールの強い重力場に影響を受けて渦巻いている熱いガスが明るく輝いている。(クレジット:EHT Collaboration)

M87と同様に、宇宙にある多くの銀河の中心には巨大ブラックホールが存在すると考えられています。一部のブラックホールの周辺には、ブラックホールに吸い込まれつつあるガス(降着ガス)で形成される降着流(※2)や、ブラックホールの重力に逆らって光速に近い速さで銀河の外へと噴出するジェット(※3)と呼ばれるプラズマ流が存在します。これらの現象がブラックホールのごく近傍でどのように見えるのか、どのような物理的メカニズムが働いてこのような現象が起こっているのかを解明することは、ブラックホール研究の重要なテーマです。

いて座A*(エースター)は、私たちの住む天の川銀河の中心にある天体です。2020年にノーベル物理学賞を受賞したゲンツェル氏とゲズ氏それぞれの研究チームが明らかにしたように、いて座A*がとても高密度でコンパクトな天体であることはこれまでも知られていました。その質量は、太陽の400万倍と見積もられており、地球からの距離は2万7000光年であるため、ブラックホールであると仮定して一般相対性理論に基づいて計算すると、シャドウの見た目の大きさは約50マイクロ秒角(※4)と見積もることができます。

[図3] 天の川銀河の想像図 (左) と天の川銀河中心領域のX線(青)と電波(ピンク)の合成画像(右)。右画像の中心にある電波源がいて座A*。(左画像のクレジット:NASA/JPL-Caltech/ESO/R. Hurt、右画像のクレジット:X-ray: NASA/CXC/UCLA/Z.Li et al; Radio: NRAO/VLA)

イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は波長の短いミリ波帯(1.3mm)を用いて、地球直径に匹敵する1万kmもの基線長でVLBI(※5)観測を行います。これにより、地上の観測装置の中では最高の視力である300万(解像度にすれば約20マイクロ秒角)を達成します。2017年の観測には、APEX(チリ)、アルマ望遠鏡(チリ)、IRAM30m望遠鏡(スペイン)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(米国ハワイ)、大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、サブミリ波干渉計(米国ハワイ)、サブミリ波望遠鏡(米国アリゾナ)、南極点望遠鏡(南極) の8局が参加しました。

[図4] 2017年4月に行われたEHTの観測に参加した望遠鏡の配置。(クレジット: NRAO/AUI/NSF)

観測と研究結果

EHTによるいて座A*の観測は、2017年4月5日・6日・7日・10日・11日に行われました。これは、2019年に発表したM87の巨大ブラックホールを撮影したのと同じ観測キャンペーン期間中のものです。M87の観測と同様、各観測局でハードディスクに記録されたデータは、米国マサチューセッツ州のMITヘイスタック観測所とドイツ・ボンのマックスプランク電波天文学研究所へ輸送され、そこで観測データの結合(相関処理; ※6)が行われました。その後、慎重に大気の影響などが較正され、較正済みのデータから画像が得られました。M87の撮影では結果の確からしさを確認するために3つの異なる画像化手法が使われましたが、今回はさらに新たな手法を加えて4つの画像化手法が使われています。今回は5晩の観測のうち、唯一全ての観測局が参加し一日当たりの観測時間がもっとも長い、4月7日を主な結果として報告しています。

冒頭の図1が4月7日の観測で得られたいて座A*の平均画像です。この画像ではリング状の構造が写っており、その直径はいて座A*の質量と一般相対性理論から期待されるリングの大きさとよい精度で一致しています。また、リングの内側には周囲より暗い部分が存在し、この部分がブラックホールシャドウになります。このような姿が画像として捉えられたことで、これまではブラックホールの「候補天体」であったいて座A*が、確かにブラックホールであることが視覚的に初めて証明されました。

画像の解析と解釈について

いて座A*の写真に写っているリング構造の解釈については注意が必要です。いて座A*の周囲を光が周回する時間は数分程度と予想されており、いて座A*の姿は短い時間内で変動します。このため一晩の観測で得られる写真は、いわば動画のフレームを時間平均して得られたような画像になっています。図5の下部4枚のパネルは、観測データの画像化から得られた何千枚ものいて座A*の画像を、類似する4つの画像群に分別して平均したものです。これらの画像は同じ観測データを使っていますが、異なる複数の画像化手法が用いられており、また各手法ごとに定義された画像化パラメータの膨大な数の組み合わせによって得られています。さらに、天体の変動が観測データに与える影響についても、数多くのパラメーターの組み合わせが考慮されています。図5下段の4種類の画像群のうち、大多数を占める左側の3種類の画像ではリング構造と中心のシャドウが明白に写っている一方で、リングの最も明るい場所が3種類の画像で異なっています。また、一番右側の画像でははっきりとしたリング構造が捉えられていません。いて座A*の平均画像(図1または図5の上段)はこれら4種類の画像群をすべて平均したものです。これらの画像群とその画像化に用いられた手法やパラメータを慎重に調べた結果、リング構造の最も明るい場所については時間変動のために特定できないものの、いて座A*は基本的にリング状の構造を示し、中心部で電波強度の減少が見える、ということがわかりました。

[図5] 天の川銀河中心の巨大ブラックホールであるいて座A*の最終画像(上段、図1と同じもの)と、この画像の元になった何千枚もの画像を特徴ごとに4つに分類して平均した画像群(下段)。下段左側の3つの画像群ではリング構造が見られますが、リング上で最も明るい場所は異なっています。一番右の4つ目のグループはデータとは整合的であるものの、はっきりとしたリング構造ではない画像を含んでいます。各画像左下の棒グラフはそれぞれのグループに属する画像の相対的な数を示しています。ほとんどの画像が左側3つのリング構造を示すグループに属していて、4つ目のグループに属する画像はわずかしかありません。また、ブラックホールのようにリング構造を持つ天体が時間変動をしている場合に、平均画像でリング構造が見えなくなるという現象が同程度の割合で希に発生することも、シミュレーションによって確認されています。(クレジット:EHT Collaboration)

本研究が与えるインパクト

天文学的意義

今回のEHTの観測で、M87に続いて2例目のブラックホールシャドウが、私たちの住む天の川銀河の中心領域いて座A*において検出されました。予想されていた質量だけでなくこれまでのEHT以外の観測の見た目も大きく異なる2つの天体で、一般相対性理論の予言を独立に検証したことになります(詳しくは下記「M87との対比」参照)。さらに観測データの詳細な解析から、ブラックホールと異なる表面が存在する天体や、アインシュタインの一般相対性理論の予言する自転ブラックホールの時空から大きく異なる重力理論は除外されました。

また、これまでに重力波(※7)を用いた観測が太陽の10倍程度の質量である恒星質量ブラックホールや、100倍から1万倍程度の質量である中間質量ブラックホールの存在を証明しました。これに対し、EHTは太陽の約100万から100億倍の質量を持つ巨大ブラックホールの存在を視覚的に証明したことになります。巨大ブラックホールの形成機構は理論的にも未解明ですが、今回のいて座A*と前回のM87のEHT観測でその存在を確固たるものにしました。

2020年ノーベル物理学賞との関係

2020年のノーベル物理学賞はペンローズ氏、ゲンツェル氏、ゲズ氏に与えられました。ペンローズ氏は「ブラックホール形成が一般相対性理論の確固たる予言であることの(理論的)発見」(※8)、ゲンツェル氏、ゲズ氏は「天の川銀河中心の超大質量コンパクト天体の(観測的)発見」により受賞しています。このノーベル賞研究は、今回のEHT観測と極めて密接かつ相補的な関係にあります。

ゲンツェル氏とゲズ氏らは、補償光学(※9)という手法を用いてVLT(Very Large Telescope)やケック望遠鏡による天の川銀河中心領域の赤外線観測を実施し、銀河中心の周りを公転運動するS2と呼ばれる恒星を発見し長期モニター観測を行いました。その結果、太陽の約400万倍もの質量の天体が125天文単位(※10)という太陽系の大きさよりも小さな領域に存在していることが明らかになりました。このようなコンパクトかつ大質量な天体の筆頭としてブラックホールが考えられていましたが、他の種類の天体である可能性も否定できませんでした(例としてボゾン星というボーズ粒子と呼ばれる粒子でできた星が挙げられます)。そこで、これらの候補天体で予想される天体構造のサイズ(直径およそ0.4天文単位)を空間分解できる観測を初めて行ったのがEHTであり、一般相対性理論で予想されていた自転を伴うブラックホールがもっともらしいという結論が得られました。巨大ブラックホールの確固たる証拠が得られるとともに、S2で観測されたスケールの100分の1以下ものスケールでの観測でも矛盾のない強固な答えが得られた点においても画期的な成果といえます。

またS2の軌道はブラックホールの半径と比較して1000倍以上と比較的遠方にあるため、S2の軌道は古典力学のケプラー運動でほぼ説明できます。太陽系の水星の近日点(※11)の移動にみられるような弱い重力場における一般相対論的な効果がわずかに現れるのみとなります。一方で、EHTが今回撮影に成功したブラックホールシャドウやリング構造は、ブラックホールごく近傍の強い重力場の効果により形成されることが一般相対性理論によって予言されています。今回ブラックホールの撮影に成功したことにより、これまで星の観測では実現できなかった強い重力場においても一般相対性理論が成り立っていることが初めて明らかになりました。

M87との対比

ブラックホール近傍よりも広い領域を観測するEHT以外の望遠鏡では、M87ではジェットが観測されていました。一方、いて座A*ではこれまでにジェットの強い証拠は得られていません(図6)。 ジェットの形成機構は発見から100年経った現在も大きな謎で、現代天文学の最大の未解決課題の一つです。ブラックホールの自転エネルギーを用いて噴出しているという説が有力ですが、その観測的検証が待ち望まれています。

このようにM87といて座A*のブラックホール遠方での見た目が大きく異なる一方で、 EHTで観測された画像はとても良く似ています。これは、(i)EHTで観測された明るいリング画像は強い重力場の効果で形成されており、光が遮られない限りは周囲の環境によらないこと、(ii)いて座A*のブラックホール質量がM87に比べて3桁小さいこと、(iii)いて座A*はM87に比べて地球に3桁近い距離に存在すること、に由来しています。

(i)は、ブラックホールの強重力場により光の軌跡が大きく曲げられて光のリングが形成されていることの帰結です。光の軌跡は重力場に支配され、光のリング画像の直径は重力場、すなわち主にブラックホールの質量により決まります。

(ii)について、ブラックホールの質量は、いて座A*の質量はM87より3桁小さいため、(i)で説明したリング画像の大きさは3桁小さくなります。すると観測されるリングの見た目の大きさは、いて座A*の方がM87の1000分の1程度になりそうですが、観測されたリング画像はM87とほとんど同じでした。これは(iii)の影響が現れているためです。私たちが日常感じているように、遠くのものは小さく、近くのものは大きく見えます。いて座A*の方が地球との距離が3桁短いので、リング画像は3桁大きく見えます。よって(ii)と(iii)の効果が相殺し、ほぼ同じ見た目の大きさのリング画像となります。

[図6] いて座A*(左)とM87(右)の画像比較。上側のリングはEHTで得られたブラックホール近傍画像。下側の画像は東アジアVLBI観測網(EAVN)で得られたブラックホール遠方画像。ブラックホール遠方画像において、M87では図の左下から右上へと伸びるジェットが見られるのに対し、いて座A*ではジェットの明確な証拠は得られていない。その一方でEHTで得られたリング画像はとてもよく似ている。(クレジット:EHT Collaboration, EAVN Collaboration)

新たな宿題

EHTの1回あたりの観測時間が約10時間前後であるのに対し、いて座A*において放射を担うガスがブラックホール近傍を周回する時間は約数分から数十分と著しく短いです。そのためブラックホールシャドウの「動画」を作成することが極めて難しいです。さらに現在の理論・シミュレーション研究で示されたもっとも観測データをよく説明できる現実的な理論モデルでは、現状明らかになっている範囲での、いて座A*の明るさの変化を説明することに成功していません。動画の撮影およびその理論計算による再現と解釈は、今回の結果を正しく検証する上でも、さらにブラックホールごく近傍の強重力場における物理現象を理解する上でも必要不可欠です。

また、いて座A*は上述のようにジェットが観測されていません(「M87との対比」参照)。一方で今回のEHTの観測データと理論シミュレーション結果を比較すると、ブラックホール近傍ではジェットが出やすいとされる降着流のモデルの方が、観測データをよく説明できることがわかりました。一見すると矛盾するようにも見えるこの結果を、観測と理論両面で説明できるようにすることが今後極めて重要な課題となります。

今後の展望

2018年の観測からはグリーンランド望遠鏡(グリーンランド)が、2021年の観測からはNOEMA観測所(フランス)、アリゾナ大学キットピーク12m望遠鏡(米国アリゾナ)がEHTの観測網に加わっています。望遠鏡の台数が増えることによって感度がよくなり、質の高い画像が得られます。また、2021年からはさらに短い波長の0.87mm帯でも観測を行っています。これにより1.3mm帯と比べておよそ1.5倍シャープな約15マイクロ秒角という解像度を達成します。

今後の観測ではより高い視力と感度でブラックホールやその周囲のガスの画像や動画を捉えられることが期待されています。ブラックホールごく近傍における淡く薄く広がった放射源であるジェットの有無を調べ、さらには動画から時間に伴う変化の様子を捉えることで、ジェット形成機構に迫ります。遠方で強力なジェットが確認されているM87と、そうでないいて座A*の画像比較が重要な知見をもたらすと期待されます。また、詳細なブラックホール周囲のリング構造とその時間変化から、ブラックホール周囲の時空をさらに精査し、アインシュタインの一般相対性理論に対する更なる検証を目指します。これらの将来観測に備えて、現状の観測と理論のミッシングリンクを検討しながら理論・シミュレーション研究も大きく進展させていきます。

さらに長期的なEHTの次世代計画として、next generation EHT(通称 ngEHT)と呼ばれる計画が国際協力のもと現在推進されています。ngEHTは現在のEHTと比較して地球上における望遠鏡の数をおよそ2倍に増やすことを計画しています。ngEHTは、新しい受信機、高速データ記録装置、新しい画像作成アルゴリズムなどを開発し、これまでよりも100倍も高感度の観測を実現することを目指しています。ngEHTが実現されれば、EHTよりもさらに高画質の画像や動画が得られ、ブラックホール時空や周囲のガスの精密な測定が可能になるでしょう。

EHT-Japan の主な貢献

望遠鏡と装置開発

南米チリ・アタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡(ALMA; ※12)は日本を含む国際協力により建設・運用されています。ハワイ島マウナケア山頂にあるジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT; ※13)は、日中韓台からなる東アジア天文台とイギリス・カナダによって共同運用されています。2017年いて座A*の観測では、小山(友)、本間、松下、水野(い)(五十音順、以下同様)がJCMT運用に参加しています。また秋山は観測司令部でEHTの観測運用に貢献しました。

ALMAにある50台の望遠鏡をVLBIの観測局の1つとするための国際共同開発プロジェクトがALMA Phase-up Project(APP)です。標高5000mにある観測場所から30km離れた中間山麓施設に信号を送る「光多重伝送装置」の開発・制作・設置を日本が担当し、秋山、小山(友)、本間が携わりました。

画像解析

VLBIでは、世界各地にある複数の電波望遠鏡で同時に得られた観測データを解析(画像化)することで、初めて画像を得ることができます。日本は、スパースモデリング(※14)という統計手法を応用した観測データの画像化手法の開発を行いました。その手法を実装したソフトウェア(Sparse Modeling Imaging library for Interferometry; SMILI)は、秋山、池田、沖野、崔、笹田、田崎、本間、森山が開発し、M87のイメージングで初めて用いられました。その後秋山を中心として、森山らが開発を続けました。日本が開発したスパースモデリングを用いた手法は米国のチームが開発したソフトウェア(eht-imaging)にも一部取り入れられています。

2017年4月のいて座A*の観測では、一晩以内で天体の明るさが変動していた点がM87の観測とは異なります。この変動は天体自身の変動と、次節で述べる銀河系内の星間ガスによる散乱の影響が考えられます。変動の影響を軽減するために、M87の画像化で用いられた従来法(DIFMAP) ・米国提案法(eht-imaging)・日本提案法(SMILI)に改良が加えられました。さらにベイズ統計に基づくカナダ提案手法(THEMIS)が新たに加わり、4つの画像化手法を用いていて座A*の画像化を行いました。秋山はEHTにおける画像化作業班の世話人の一人としてEHT観測データの画像化を主導し、作業班全体の取りまとめを行いました。

EHT画像化作業班では画像化手法ごとにチームが形成され、全チームが一丸となって画像化の検証を慎重に行いました。森山は、画像化を検証するための人工データの作成や、SMILI作業班での画像化を主導しました。小藤はSMILIを用いた画像化において中心的な役割をつとめ、計1万を超えるEHT画像の分別をはじめとする画像解析を主導しました。秋山、小藤、本間、森山は、分別された類似する4つの画像群から最終画像を作成しました(図5)。本間は画像評価作業班の取りまとめを行いました。池田は画像化論文の内部審査員をつとめ、画像の分類基準策定に貢献しました。浅田、小山(翔)はDIFMAP作業班の世話人の一員として班の取りまとめを行いました。SMILI作業班にはEHT-Japanから秋山、池田、沖野、小藤、笹田、田崎、本間が参加し、DIFMAP作業班には崔、永井が参加しました。

東アジアVLBI観測網(East Asian VLBI Network)

いて座A*の観測では、銀河系内に存在する星間ガスによって天体から届く電波が散乱されてしまい画像がぼやけてしまう問題点が知られていました。この困難を克服するため、EHTコラボレーションのジョンソン氏は、いて座A*の長波長帯VLBI観測データを組み合わせ、星間散乱を特徴づける物理パラメータの許容範囲を絞り込みました。この絞り込みにおいて、東アジアVLBI観測網(EAVN)の観測データが重要な役割を果たしました。こうして得られた星間散乱モデルは、画像のピンボケを補正するために欠かせない情報で、今回のいて座A*ブラックホールシャドウ画像の信頼を揺るぎないものとする重要な役割を担っています。

EAVN活動銀河核科学研究班は、2017年のEHT観測キャンペーン期間にEAVNの波長1.3cm帯と7mm帯で、いて座A*を観測しました。同班は、得られた画像から星間散乱によるピンボケ効果を補正し、いて座 A* 本来の性質について明らかにしました(2022年2月EAVN研究ハイライト参照)。今後は、EAVNとEHTの観測データの組み合わせることによって、いて座A*の巨大ブラックホール周辺の物理状態の理解が一段と深まることが期待されます。

EAVN 活動銀河核科学研究班は、日本、韓国、中国、台湾、マレーシア、タイに拠点を置く研究者らが参加する国際色豊かな研究グループです。紀は、同班の代表として班の研究全体をリードしました。秦は、EAVN観測の実行をリードしました。川島は、理論モデルと観測データの比較を通じた理論解釈をリードしました。秋山は、SMILIへの星間散乱モデルの実装やSMILIを用いた観測データからの構造の推定手法の開発に貢献しました。

EHT-Japanからは、秋山、浅田、沖野、川島、紀、小山(翔)、田崎、崔、當真、中村、秦、本間、水野(陽)が、EAVN活動銀河核科学研究班にメンバーとして参加しています。

[図7] 2017年4月、東アジアVLBI観測網は波長1.3cm帯と7mm帯でいて座A*を観測しました。青半円は波長1.3cm帯、黄半円は波長7mm帯の観測を行った望遠鏡です。(クレジット:EAVN)

理論・シミュレーション

EHT観測によって得られたいて座A*の観測結果を物理的に解釈するためには、さまざまな理論・シミュレーションが必要となります。EHT-Japanの理論メンバーも、多彩な観点からユニークな貢献を果たしています。

水野(陽)らを中心とするEHT理論・シミュレーション作業班は、いて座A*の観測結果に物理解釈を与える主要な役割を担いました。同班では、一般相対論的磁気流体力学及び一般相対論的輻射輸送シミュレーションによる理論モデルライブラリ(全180万以上のスナップショット)とEHTのいて座A*観測の詳細な比較を行い、いて座A*ブラックホール周辺の物理状態に制限をつけました。また、水野(陽)は論文 Vの標準モデルのひとつを担う一般相対論的電磁流体力学コードBHACの主要開発メンバーの一人です。川島は、国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いて、様々な波長の光の伝搬を計算する一般相対論的輻射輸送コードRAIKOUおよび一般相対論的電磁流体力学コード UWABAMIを用いたシミュレーションを行い、前述の比較作業に貢献しました。森山は、時間変動に注目した新たな理論モデルを考案し、いて座A*のブラックホールの回転速度について制限をする新しい手法を提案しています。紀は、いて座A*理論モデルとEAVN観測の整合性について検討し、今回の論文では踏み込まなかったEAVNの波長1.3cm帯および7mm帯データと理論モデルの比較を、次の重要課題として提案しています。

EHT-Japanからは、川島、紀、當真、中村、水野(陽)が、EHT理論・シミュレーション作業班にメンバーとして参加しています。

[図8] 回転ブラックホールの周りのプラズマシミュレーション(左:磁場が弱い場合、右:磁場が強い場合)。(クレジット: EHT Collaboration)

[図9] いて座A*のブラックホールシャドウの理論モデル画像。(左)輻射輸送計算から得られたスナップショット画像。(中央)EHTの観測時間で平均化した画像。(右)平均化した画像をEHTの解像度で畳み込んだ画像。(クレジット: EHT Collaboration)

論文情報

今回の研究成果は米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』特集号に6つの主論文(Collaboration paper)およびそれを補う4つの公認論文(Official paper)として、2022年5月12日付で出版されました(特集号カバーページはこちら)。

主論文

First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole in the Center of the Milky Way

First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. II. EHT and Multi-wavelength Observations, Data Processing, and Calibration

First Sgr A∗ Event Horizon Telescope Results. III. Imaging of the Galactic Center Supermassive Black Hole

First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. IV. Variability, Morphology, and Black Hole Mass

First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. V. Testing Astrophysical Models of the Galactic Center Black Hole

First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results VI: Testing the Black Hole Metric

主論文を補う公認論文

Selective Dynamical Imaging of Interferometric Data

Millimeter Light Curves of Sagittarius A* Observed during the 2017 Event Horizon Telescope Campaign

A Universal Power Law Prescription for Variability from Synthetic Images of Black Hole Accretion Flows

Characterizing and Mitigating Intraday Variability: Reconstructing Source Structure in Accreting Black Holes with mm-VLBI

謝辞

この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. 18K13594, 18K03656, 18H01245, 18H03721, 18KK0090, 19K14761, 19KK0081, 21H01137, 21H04488, 25120007, 25120008)、大学共同利用機関法人自然科学研究機構「ネットワーク型研究加速事業」、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築」(JPMXP1020200109)および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)、東レ科学振興会東レ科学技術研究助成、住友財団基礎科学研究助成(170201)他、国際的な支援を受けて行われたものです。すべての支援機関については、論文謝辞をご覧ください。

記者会見について

日時:2022年5月12日(木) 日本時間 22:00 - 23:00

会場:紀尾井カンファレンス(東京ガーデンテラス紀尾井町内・紀尾井タワー4F)

発表者:

・森山小太郎(もりやま こたろう) ゲーテ大学フランクフルト ポストドクター研究員

・小藤由太郎(こふじ ゆうたろう) 東京大学大学院理学系研究科 博士課程1年

・小山翔子(こやま しょうこ) 新潟大学自然科学系数理物質科学系列 助教

・本間希樹(ほんま まれき) 国立天文台水沢VLBI観測所 教授

陪席者:

・池田思朗(いけだ しろう)統計数理研究所・総合研究大学院大学 教授

・川島朋尚(かわしま ともひさ)東京大学宇宙線研究所 ICRRフェロー

・紀基樹(きの もとき)工学院大学 学習支援センター 講師

・笹田真人(ささだ まひと)東京工業大学 特任助教

・田崎文得(たざき ふみえ)東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ株式会社 シニアスペシャリスト

・秦和弘(はだ かずひろ)国立天文台水沢VLBI観測所・総合研究大学院大学 助教

共同発表機関:自然科学研究機構 国立天文台、計算基礎科学連携拠点、工学院大学、情報・システム研究機構 統計数理研究所、総合研究大学院大学、東京工業大学、東京大学宇宙線研究所、東京大学大学院理学系研究科、新潟大学

記者会見で使用した発表資料はこちら(PDF)をご覧ください。

記者会見の様子はこちら(国立天文台 YouTube)をご覧ください。

問い合わせ先

(メールアドレスの「あっと」は「@」に変えてください)

森山 小太郎 ゲーテ大学フランクフルト

  E-mail: moriyamaあっとitp.uni-frankfurt.de

小藤 由太郎 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻

  E-mail: kofuji-yutaro011あっとg.ecc.u-tokyo.ac.jp

小山 翔子 新潟大学大学院自然科学研究科・創生学部

  E-mail: skoyamaあっとcreate.niigata-u.ac.jp

本間 希樹 国立天文台水沢VLBI 観測所

  E-mail: mareki.honmaあっとnao.ac.jp

山岡 均 国立天文台天文情報センター

  E-mail: hitoshi.yamaokaあっとnao.ac.jp

Geoffrey Bower EHT Project Scientist

  Institute of Astronomy and Astrophysics, Academic Sinica, Taipei

  Tel: +1-808-961-2945

  Email: gbowerあっとasiaa.sinica.edu.tw

Huib Jan van Langevelde EHT Project Director

  JIVE and University of Leiden, The Netherlands

  Mobile: +31-62120 1419

  Email: langeveldeあっとjive.eu

脚注

(※1) 明るく輝く高温のガスに囲まれたブラックホールを撮影すると、中心に暗い部分が浮かび上がります。これがブラックホールシャドウです。ブラックホールの重力が作り出す事象の地平面 (Event Horizon) と呼ばれる面の中からは、光を含む一切の情報を取り出すことができません。事象の地平面のごく近傍では、強い重力に捕捉された光が大きく軌道を曲げられてブラックホールに吸い込まれます。このブラックホールによって光が脱出できなくなる現象を捉えたのがブラックホールシャドウです。

(※1) 明るく輝く高温のガスに囲まれたブラックホールを撮影すると、中心に暗い部分が浮かび上がります。これがブラックホールシャドウです。ブラックホールの重力が作り出す事象の地平面 (Event Horizon) と呼ばれる面の中からは、光を含む一切の情報を取り出すことができません。事象の地平面のごく近傍では、強い重力に捕捉された光が大きく軌道を曲げられてブラックホールに吸い込まれます。このブラックホールによって光が脱出できなくなる現象を捉えたのがブラックホールシャドウです。

(※3) 巨大ブラックホールの近傍から噴出する、高速のプラズマ流です。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが大きな特徴です。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切り、ジェットが形成されるのか、その解明が天文学の大きな課題です。

(※4) Very Long Baseline Interferometer; 超長基線電波干渉計。VLBIは数百kmから数千km離れた望遠鏡同士を電波干渉計として合成し、極めて高い分解能を得る観測技術です。電波だけでなく、可視光、X線なども含めたありとあらゆる波長帯の望遠鏡の中で、最も高い分解能を達成しています。

(※5) 角度の単位で、1秒角の100万分の1に相当します。1秒角は1度の3600分の1です。EHTの解像度 25マイクロ秒角は、人間の視力に直すと、視力約300万に相当します。

(※6) 各望遠鏡で観測されたデータを、位置が離れている分だけの時間をずらして重ね合わせる作業のことです。

(※7) 可視光や電波などの電磁波とは異なり、重力場のゆがみが振動として伝わる現象を重力波と言います。電磁波と同様に光の速さで伝播します。強い重力源が動くと重力波が検出できるため、ブラックホールの合体などの現象を捉えることができます。

(※8) ペンローズ氏は数学的手法を駆使してブラックホール研究を行い、「捕捉面」の概念を導入することで球対称仮定が成り立たない状況下の天体の重力崩壊においてもブラックホールが形成されると共にその内側に特異点が形成されることを示しました(ただし「裸の特異点」と呼ばれる物理量が発散する点が現れないことを仮定する必要はあります)。それまでにも、球対称仮定のもとでの天体の重力崩壊においては、シュバルツシルト・ブラックホールと呼ばれる自転を伴わないブラックホールが形成され、その内側に特異点が発生することが明らかになっていました。しかし、球対称以外の場合(カー・ブラックホールと呼ばれる自転を伴うブラックホールの形成過程)については、その特異点の発生の有無に関して論争が続いていました。ペンローズ氏は球対称以外、すなわち自転を伴うブラックホールを形成するような場合についても重力崩壊の際に特異点が発生することを数学的に示す画期的な手法を編み出し、その後のブラックホール理論は大きな進展を見せました。今回のEHTの成果は、事象の地平面の極近傍領域の観測により、いて座A*においてそのような自転を伴うブラックホールが存在することを初めて示したことになります。

(※9) 地上から天体を観測する時に、大気のゆらぎによって星の位置もゆらいでしまいます。このゆらぎを打ち消すために、リアルタイムで望遠鏡に入ってくる光を補正する技術が補償光学です。

(※10) 距離の単位です。1天文単位は地球から太陽までの平均距離に相当し、約1億5000万km です。

(※11) 天体が最も太陽に近づく点のことです。

(※12) アルマ望遠鏡は、欧州南天天文台、アメリカ国立科学財団、日本の自然科学研究機構が、カナダ国立研究機関、台湾科学技術省、台湾中央研究院天文及天文物理学研究所、韓国天文宇宙科学研究院とチリ共和国の協力で運用しています。合同アルマ観測所は欧州南天天文台、アメリカ北東部大学連合/アメリカ国立電波天文台、日本の国立天文台によって運用されています。

(※13) ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡は、中国科学院のCAMS、日本の国立天文台、台湾中央研究院天文及天文物理学研究所、韓国天文宇宙科学研究院、タイ国立天文学研究所、及びイギリスとカナダの組織で構成される東アジア天文台が運用しています。

(※14) 機械学習や統計学で用いられている技法の一つで、解が無限に存在するような劣決定問題であっても、意味のある値をもつパラメータがなるべく少なくなるように、解を選ぶ方法です。VLBIの画像復元の場合は、得られる画像が持つ情報が少ない(多くの画素値がゼロ、隣り合う画素の値が近いこと)を仮定して、問題を解いています。

関連リンク

画像・映像集はこちら