最高視力で解き明かすクエーサーから噴き出すジェットの姿

[English]

概要

国際研究チームは、地球上に点在する電波望遠鏡を組み合わせて同時に観測を行う超長基線電波干渉技術(VLBI)を用いて、極めて明るい電波源「3C 273」から噴き出すジェットの最深部の構造を捉えることに成功しました。3C 273は歴史上初めて発見されたクエーサーであり、その中心部から噴き出すジェットは過去数十年に渡って精力的に研究されています。今回研究チームはこの3C 273に対して様々な周波数帯で国際的なVLBI観測を実施し、これまで詳しく観測されていなかった最深部から、母銀河を越える先端部に至るまでの様々な空間スケールに渡ってジェットの「形状」を詳しく調べました。その結果、クエーサーのジェットが絞り込まれている様子が初めて捉えられ、その絞り込みがブラックホールの重力が支配する領域を超えるほど遠方にまで及んでいることを発見しました。これは中心部の活動性が高いクエーサーにおけるジェットの絞り込みの様子を明確に示した初めての成果です。

本研究で明らかとなったクエーサー3C 273から噴き出すジェットの姿。図中左側の電波の画像は本研究で初めて明らかとなった根元から数光年に渡って伸びるジェットの最深部の姿を捉えています。右側のハッブル望遠鏡の可視光画像では3C 273から噴出する強力なジェットが母銀河を超えて数10万光年以上の彼方へと到達している様子が見られます。光の観測に加えて、複数の波長の電波画像を用いることで、様々な空間スケールに渡ってジェットの「形状」を詳しく調べることが可能となります。観測は2017年に行われ、チリのアルマ望遠鏡が初めて参加した国際ミリ波VLBI観測網(GMVA)と欧米の高感度VLBI観測網(HSA)が用いられました。(クレジット: Hiroki Okino and Kazunori Akiyama; GMVA+ALMA and HSA images: Okino et al.; HST Image: ESA/Hubble & NASA.)



メイン文章

 ほぼ全ての銀河の中心には太陽の数100万倍から数10億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが存在します。超巨大ブラックホール天体にはさまざまな活動性を示すものがありますが、中でも「クエーサー」は、ブラックホールの強い重力によって大量のガスが落ち込むことで極めて明るく輝く天体です。国際研究グループは、おとめ座の方向に位置する人類が初めて発見したクエーサー「3C 273」を観測し、クエーサーの最深部にあるプラズマジェットの様子を明らかにしました。

 活動的な超巨大ブラックホール天体からは、しばしば「ジェット」とよばれる強力なプラズマ流が噴出します。ジェットのプラズマ流は非常に細く絞られ、その速度はほぼ光速まで達します。ジェットは過去数10年に渡って精力的に研究されてきましたが、その形成過程は未だ謎に包まれています。ジェットはそのプラズマ流が細く絞られることによって、しばしば母銀河の外側にまで到達し、銀河の進化や周辺環境にまで大きな影響を与えていると考えられています。しかしこのジェットがどのようにして、またどこで細く絞られるのか、その様子は未だ完全にはわかっていません。今回の新たな観測では、クエーサーから噴出するジェットが細く絞られている最深部の領域が初めて明らかとなりました。

 今回の画期的な観測は、国際ミリ波VLBI観測網(GMVA)とチリにあるアルマ望遠鏡(ALMA)を組み合わせたGMVA+ALMAと呼ばれる国際的な電波観測網によって実現しました。研究グループは3C 273のジェット全体の形状を測定するために、欧米の高感度VLBI観測網 (HSA)による多波長観測も実施し、ジェットを異なる空間スケールで撮影しました。なおこれらの観測は、M87とSgrA*のブラックホールシャドウを初めて撮影したイベントホライズンテレスコープ(EHT)の観測と同時期である2017年に行われています。

 「3C 273はクエーサーから噴出するジェットを研究する上で近傍に位置する最も理想的な天体でした。しかしこのような近傍のクエーサーであっても、強力なプラズマ流が形作られる中心部の構造をこれまで詳しく見ることはできませんでした。」こう語るのは、本論文の筆頭著者で国立天文台水沢VLBI観測所に所属する東京大学大学院生の沖野大貴(おきの ひろき)氏です。

 今回撮影された3C 273の画像では、クエーサーから噴出するジェットの最も内側の領域が初めて捉えられました。さらに研究チームは、噴出するプラズマ流の開口角が中心から広範囲にわたって徐々に狭まっていき、細く絞られていくことを発見しました。ジェットの絞りこみが起きている領域は、中心の超巨大ブラックホールの重力が影響する領域を超えるはるか遠方まで続いていることが明らかになりました。

 「非常に活動的なクエーサーにおいて、ジェットの強力なプラズマ流が広範囲に渡って徐々に絞り込まれていたことはとても興味深い発見です。」と話すのは、本研究プロジェクトを主導したマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所の秋山和徳 主任研究員です。「このようなジェットの絞り込みの様子は近傍のより暗く活動度の低い超巨大ブラックホール天体でこれまで発見されてきました。活動性の全く異なる超巨大ブラックホール天体でなぜ同じようにジェットが絞り込まれるのか、これは今回の観測で新たに浮かび上がった謎です。」

 今回新たに得られた3C 273ジェットの極めて高解像度の画像は、アルマ望遠鏡が観測に参加したことによりもたらされました。国際ミリ波VLBI観測網とアルマ望遠鏡が超長基線電波干渉(VLBI)技術を用いて大陸間をまたいで組み合わされたことで極めて高い感度と空間分解能を実現し、遠方に位置する天体の詳細な情報を得ることができました。このアルマ望遠鏡を用いたVLBI観測を実現させたのがALMA Phasing Project (APP)と呼ばれる国際プロジェクトです。マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所が主導し、国立天文台も大きく貢献したAPPプロジェクトによって、アルマ望遠鏡をミリ波帯で世界最高感度を持つVLBI観測局にするための観測機器及びソフトウェアが開発されました。アルマ望遠鏡がミリ波帯のVLBI観測に参加することで観測網全体の分解能と感度を大幅に向上させることが可能となり、本成果やEHTによるブラックホールシャドウの観測においても大きな力を発揮しました。

 「ALMAが国際VLBI観測網に加わることで、ブラックホールの科学研究に革新的な進展をもたらしました。」こう語るのは、APPプロジェクトを主導するマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所のLynn Matthews 主任研究員です。「この技術によって超巨大ブラックホールを初めて撮影することに成功し、さらに今ではブラックホールがどのようにジェットを発生させているのか、その極めて詳細な様子を観測できるようになりました。」

 本成果は、様々な超巨大ブラックホール天体から噴出するジェットの絞り込み過程の解明に向けて新たな扉を開いたと言えるでしょう。また今後のEHTによるさらに高い周波数帯での観測により遠方のクエーサーや他の超巨大ブラックホール天体の詳細な構造を調べることが可能となります。

 最後に研究グループの中心メンバーの一人であり、また日本のEHTチームの代表を務める国立天文台水沢VLBI観測所所長の本間希樹教授は「今回の研究では国立天文台も大きく貢献するALMAが活躍し、また、水沢VLBI観測所を始めEHTの日本チームが開発に貢献したデータ解析ソフトも大きな役割を果たしています。今後このような観測的研究がますます進み、高い解像度を活かして多種多様な天体のジェットの性質がさらに明らかになることを期待しています。」と述べています。

 研究グループはこれからも各国の研究者と協力しつつ、世界中の望遠鏡や最新の技術を駆使してブラックホールやジェットの謎に迫っていきます。今後のさらなる研究にご期待ください。

 本成果は、“Okino et al. Collimation of the Relativistic Jet in the Quasar 3C 273”として、米国の天体物理学雑誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に現地時間2022年11月22日付けで掲載されました。(日付の記載に誤りがあり修正いたしました)



使用した観測網

今回の観測で使用されたVLBI観測網
青色の点は初めてチリのアルマ望遠鏡が参加した国際ミリ波VLBI観測網 (Global Millimeter VLBI Array; GMVA)の観測に参加した望遠鏡、黄色の点は欧米の高感度VLBI観測網(High Sensitivity Array; HSA)の観測に参加した望遠鏡を示しています。各色の線はそれぞれの観測網の参加望遠鏡を結ぶネットワークを可視化したもので、GMVAとHSA双方に用いられたネットワークは緑色で示されています。Credit: Kazunori Akiyama

国際ミリ波VLBI観測網 (GMVA)

 国際ミリ波VLBI観測網 (Global Millimeter VLBI Array; GMVA)の観測で使用した望遠鏡。GMVAは波長3mm帯の国際的なVLBI観測網です。2017年4月に行われた本観測では米国8箇所のVery Long Baseline Array(VLBA)のアンテナ、Effelsberg 100m電波望遠鏡、IRAM 30m望遠鏡、オンサラ宇宙天文台の20m望遠鏡、Yebes天文台の40m電波望遠鏡が参加し、そして初めてチリのアルマ望遠鏡が参加しました。Credit: Kazunori Akiyama

アルマ望遠鏡

 ALMAは、欧州南天天文台(ESO、加盟国代表)、NSF(米国)、NINS(日本)、NRC(カナダ)、MOST、ASIAA(台湾)、KASI(韓国)が、チリ共和国と協力して推進している国際共同プロジェクトです。合同ALMA観測所は、ESO、AUI/NRAO、NAOJによって運営されています。本研究では以下のALMAデータを利用しています。 ADS/JAO.ALMA2016.1.01216.V.

ALMA Phasing Project (APP)について

APPには以下の機関が含まれます:

APPは全米科学財団NSFのMRI(Major Research Instrumentation)プログラム、北米ALMA開発プログラム、および国際パートナーらによる支援のもと実施されました。

問い合わせ先

沖野 大貴
東京大学 / 国立天文台
Tel: +81-422-34-3927
E-mail: h.okino@grad.nao.ac.jp

秋山 和徳
マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所
Tel:+1-617-715-5400
E-mail:kakiyama@mit.edu

関連リンク

(一部追記)