歳差運動するM87ジェットの噴出口 〜巨大ブラックホールの「自転」を示す新たな証拠〜

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EHT-Japanのメンバーらを中心とする国際研究チームは、東アジアVLBIネットワークをはじめとする観測装置を用いて、楕円銀河M87の中心から噴出するジェットの運動を詳しく観測しました。過去20年以上にわたる観測で得られた多数の画像を分析しまとめた結果、ジェットの噴出方向が約11年周期で一般相対性理論が予言する歳差運動(首振り運動)をしていることを発見しました。本成果は、M87の巨大ブラックホールが自転(スピン)していることを示すとともに、強力なジェットの発生にブラックホールの自転が深く関与していることを裏付けるものです。研究成果は、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年9月27日付で掲載されました。

[図1] 自転する巨大ブラックホールの周りで歳差運動(立体的な首振り運動)する降着円盤とジェットの想像図。ブラックホールの自転軸は図の上下方向で固定されている。ブラックホールの自転軸に対して降着円盤の回転軸が傾いていると、一般相対性理論の効果によってこのような歳差運動が生じる。クレジット:Cui et al. (2023), Intouchable Lab@Openverse, Zhejiang Lab.

 

宇宙に存在する多くの銀河の中心には、太陽の数百万倍から百億倍の質量をもつ巨大ブラックホールが潜んでいると考えられています。その一部は非常に活動的で、ジェット(※1)と呼ばれるビーム状のガスを噴出し、「活動銀河核(※2)」として輝いています。こうした巨大ブラックホールの性質やジェットの形成メカニズムは未だ多くの謎が残されており、天文学の最前線のテーマのひとつです。

地球から5500万光年の距離にある楕円銀河M87は最も代表的な活動銀河核の1つであり、2019年にはイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT※3)によって太陽65億個分の質量を持つ巨大ブラックホールが撮影された天体として知られます。2023年4月には、グローバルミリ波VLBI観測網(GMVA※4)によって巨大ブラックホールを取り巻く「降着円盤(※5)」と呼ばれるガス円盤の様子も明らかになりました。こうした観測は活動銀河核の究極のエネルギー源が巨大ブラックホールと降着円盤であることを決定づけるとともに、これらがジェットの形成にも関係していることを示唆するものでした。

一方研究者の間では、「M87の巨大ブラックホールは自転(スピン)をしているかどうか?」という疑問が引き続き大きな関心事として議論されていました。アインシュタインの一般相対性理論によると、自転は質量とともにブラックホールの基本的性質や周囲の時空構造を決める最も重要な要素です。また近年の理論研究から、強力なジェットの駆動にはブラックホールの自転エネルギーが必要であることが提唱されていました。しかしながら、ブラックホールの大きさや周囲の星の運動などから比較的測定しやすい質量とは対照的に、自転の有無を観測から見極めることは容易ではありません。

研究チームは今回、東アジアVLBIネットワーク(East Asian VLBI Network: EAVN※6)及び米国の電波望遠鏡ネットワークによって得られた観測データを中心に、過去20年以上に渡って蓄積された170枚にも及ぶM87ジェットの電波画像を分析し、その形状が変化する様子を詳しく調査しました。その結果、ジェットの噴出方向が約11年のサイクルで周期的に変化していることを発見しました(図2)。先行研究では、M87ジェットが噴出方向に対して横方向に揺れる「謎の横揺れ」現象(※7)の存在が示唆されていましたが、その原因や周期の有無についてはよく分かっていませんでした。

[図2] (上)EAVN等で撮影したM87ジェットの電波画像の例。2013年から2018年にかけて波長7mm帯で撮影された多数の画像を2年分ずつ平均して3つの画像にしている。各画像の中心部からのびる矢印はジェットの噴出方向を表す。(下)2000年から2022年の間で測定されたジェットの噴出方向の時間変化。赤色の正弦曲線は測定結果と最もよく一致する11年周期の歳差運動のモデルを表す。画像クレジット:Cui et al. (2023)

「この発見をした時は身震いしました。」こう語るのは、本研究の筆頭著者であり、大学院生時代に国立天文台水沢VLBI観測所で研究を行ったZhejiang Lab(之江実験室)の崔 玉竹 (ツェイ ユズ) 研究員です。「1〜2年分のデータを分析するだけでも大変ですが、それだけでは決して捉えることができなかった変化です。20年以上にもわたる気の遠くなるほどの膨大なデータを1つ1つ丁寧に分析することが今回の新たな発見につながりました。」

このようなジェットの周期変化は何を意味しているのでしょうか?その原因を突き止めるため、研究チームはさらに国立天文台水沢に設置された天文学専用スーパーコンピュータ 「アテルイⅡ(※8)」を用いた理論シミュレーションを行い観測結果の考察をしました。その結果、観測された11年周期のジェット振動は、自転するブラックホールが周囲の時空を引きずることで生じる「レンズ-シリング歳差(※9)」と呼ばれる運動でうまく説明できることがわかりました(図3)。

[図3] アテルイIIで実施した一般相対論的磁気流体シミュレーションが示した降着円盤およびジェットの歳差運動の様子。初期にブラックホールの自転軸に対して回転軸の傾いた降着円盤を設置し、その時間変化の様子を追っている。カラー図は子午面における密度を表している。クレジット:川島朋尚

「レンズ-シリング歳差は、地球ゴマが起こす歳差に似ています。地球ゴマでは傾いたコマに働く地球の重力が歳差運動の引き金になります。今回の場合は、傾いた降着円盤に、ブラックホールの自転による力が働くことでレンズ-シリング歳差運動が起こります。」こう説明するのは理論シミュレーションを担当した東京大学宇宙線研究所の川島朋尚 研究員です。「アテルイⅡを用いてブラックホール自転軸に対して回転軸が傾いた降着円盤の数値シミュレーションを実施しました。すると、レンズ-シリング歳差により降着円盤が観測と同程度の周期でぐるりと回ることがわかりました。そしてシミュレーション結果は降着円盤の動きにつられてジェットも同じように歳差運動することを示しています。」

本研究は、M87の巨大ブラックホールが自転していることを強く裏付けるものです。同時に、ジェットの形成に自転が深く関与しているという理論(※10)を強く支持するものであり、長年研究者を悩ませてきた難問の解決に大きく前進する成果です。

「本成果は、東アジア地域を中心とした世界45の研究機関の研究者がチーム一丸となって長年合同観測を続けてきた末にようやく明らかになったエキサイティングな科学的マイルストーンです。」こう語るのは、EAVN活動銀河核サイエンスワーキンググループの世話人を務める工学院大学 紀基樹 客員研究員です。「シンプルな正弦曲線に見事にフィットした20年以上におよぶ観測データは、ブラックホールとジェット噴流に対する私たちの理解に大きな進展をもたらします。」

崔氏の研究を水沢で大学院生時代から指導し、共に研究を進めてきた国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘 助教は「短期的な研究成果の創出が求められる昨今にあって、今回の成果は長年の地道なデータの積み重ねが大きな発見につながることを示す好例といえます。ジェットの強力なエネルギーは周囲の物質にも大きな影響を与えるため、その発生を促すブラックホールの自転の証拠を捉えたことは銀河の形成・進化の歴史を紐解く手がかりにもなるでしょう。」とコメントしています。

研究チームは引き続きM87ジェットの観測を続けています。EAVNの主要局であるVERA望遠鏡を運用する国立天文台水沢VLBI観測所所長の本間希樹 教授は「今後は得られたジェットの形状変化をEHTで得られるブラックホールの動画とも比較することで、ブラックホールとジェットのつながりや自転の速度までより正確に導き出したい。」と今後の抱負を語っています。

論文情報

この研究成果は、Cui et al. “Precessing jet nozzle connecting to a spinning black hole in M87” として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年9月27日付で掲載されました。日本の10機関を含む世界45の研究機関、79名の研究者による国際共同研究成果です。

DOI:10.1038/s41586-023-06479-6
URL: https://www.nature.com/articles/s41586-023-06479-6

日本の貢献

本国際共同研究では日本の研究機関及び日本人研究者が様々な観点で重要な貢献をしました。主なものをまとめると以下の通りです。

  • 研究統括及び観測立案
  • VERAなど日本の電波望遠鏡を含むEAVNの運用
  • 日韓合同相関器の開発・共同運用
  • 観測データの分析・画像化
  • 国立天文台の天文学専用スパコン「アテルイII」を用いた観測結果の理論的考察と、京および富岳プロジェクトによるシミュレーションコードの開発

脚注・用語解説

※1 光子リング

巨大ブラックホールの近傍から噴出する、高速のプラズマガスの流れです。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが大きな特徴です。ジェットは1918年にM87銀河の中心から「不思議な光の矢」として発見されました。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切り、ジェットが形成され、光速度近くまで加速されるのか、その解明が天文学の大きな課題です。

※2 活動銀河核

銀河の中には、中心核の小さい領域が非常に明るく輝くものがあります。これを活動銀河と呼びます。中心には巨大ブラックホールがあり、そこに吸い込まれていくガスや逆に噴出するジェットが明るく輝くと考えられています。

※3 EHT (Event Horizon Telescope)

主に波長1.3mm帯で行われる地球規模のVLBIネットワークの名前です。2019年にはM87、2022年には天の川銀河中心について、EHTによって撮影された巨大ブラックホール画像が公開されました。2023年現在、チリのアルマ望遠鏡を含む世界9箇所11台のミリ波望遠鏡がEHTのネットワークに参加しています。

※4 GMVA (Global Millimeter VLBI Array)

波長3.5mm帯で行われる地球規模のVLBIネットワークの名前です。2023年現在、チリのアルマ望遠鏡を含む世界23台のミリ波望遠鏡がGMVAのネットワークに参加しています。

※5 降着円盤

中心にある重たい天体に向かってガスが引き寄せられて落下することを降着と言います。通常、ガスは回転運動を伴いながら中心の天体へと落下していきます。このとき遠心力によりガスは扁平な構造になっていき形成されるのが降着円盤です。特にブラックホール周囲の降着円盤ではブラックホール近傍の重力エネルギーが解放され、莫大なエネルギーの磁場や光のエネルギーに変換されます。降着円盤で増幅された磁場はブラックホールへと運ばれることでジェット形成に大きな役割を果たしていると考えられています。また、莫大なエネルギーが光として放たれることで、降着円盤を伴う巨大ブラックホールは活動銀河核として観測されています。

※6 EAVN (East Asian VLBI Network; 東アジアVLBIネットワーク)

日本・韓国・中国・タイをはじめとする東アジア・東南アジア地域の電波望遠鏡で構成される国際VLBIネットワークです。2023年現在、計16台の電波望遠鏡がネットワークに参加しており、4.5cm帯・1.3cm帯・7mm帯の3つの観測バンドを中心に運用されています。最大基線長は中国ナンシャン-小笠原間の5100kmです。本研究で行った観測には、計13台の電波望遠鏡(水沢、入来、小笠原、石垣、日立、高萩、野辺山、ソウル、ウルサン、タンナ、セジョン、上海、南山)が参加しました。また、一部のEAVN観測にはイタリア(メディチーナ、ノート、サルディーニャ)及びロシア(バダリー)の電波望遠鏡も合同観測に参加しました。

※7

ジェットの噴出方向に沿った方向に流れの様子が変化することは、以前からよく知られていました。

※8 スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」

国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する天文学専用のスーパーコンピュータ。理論演算性能は3.087ペタフロップス(1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位)で、天文学の数値計算専用機としては世界最速です。岩手県奥州市にある国立天文台水沢キャンパスに設置されており、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名されました。「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んで欲しい」という願いが込められています。

※9 レンズ - シリング効果/歳差(Lense-Thirring効果/歳差)

自転する天体(ブラックホールや地球など)の周囲では、一般相対性理論的な効果により、天体の自転に引きずられて時空そのものが回転します。この時空の引きずり効果をレンズ-シリング効果と呼びます。このレンズ-シリング効果によって起こる歳差運動がレンズ-シリング歳差です。歳差運動とは物体の回転軸がすりこぎのように円を描きながら揺れる現象です。降着円盤の場合、降着円盤の回転軸とブラックホールのスピン軸が傾いているときにこの現象が起こります。

なお、レンズ-シリング歳差はブラックホールのような極限的な強重力天体に限らず、地球のような弱い重力天体の自転によっても起こります。例えば2000年代にはNASAとスタンフォード大学により打ち上げられた衛星 「gravity probe B」 に搭載されたジャイロスコープによって、地球の自転による微弱な時空の引きずりによる歳差運動の様子が理論予測の15%の範囲内で検証されました。そして今回のM87の観測では、ブラックホール周囲の重力場による極めて強力な時空の引きずり効果とレンズ-シリング歳差について、これまでで最も強い証拠を示すことに成功しました。

※10 ブランドフォード - ズナエック機構(Blandford - Znajek機構)

相対論的ジェットの加速機構は、ジェットがM87で初めて観測された1918年から100年たった現在も解明されていません。現在のところ、加速機構の最有力候補となっているのがブランドフォード・ズナエック機構です。これは、ブラックホールの自転のエネルギーを磁場を介して引き抜く機構で、光速の99%以上にまでジェットを加速する可能性が高いことが理論的に示唆されています。ブラックホールが自転していることが必要になるので、天体の自転を必要とするレンズ-シリング歳差の証拠を今回の観測により掴んだことで、ブランドフォード・ズナエック機構が起きている可能性が高いことが裏付けられました。

謝辞

この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP18H03721、JP19H01943、JP18KK0090、JP21H01137、JP21H04488、JP22H00157、JP18K13594、JP19H01908、JP19H01906、JP18K03656、JP19KK0081)、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化」(JPMXP1020230406)、他、国際的な支援を受けて行われたものです。すべての支援機関については、論文謝辞をご覧ください。

国内の共同発表機関

自然科学研究機構 国立天文台、茨城大学、大阪公立大学、工学院大学、駒澤大学、総合研究大学院大学、筑波大学、東京大学 宇宙線研究所、東洋大学、山口大学

[記者発表で用いた資料はこちら]

問い合わせ先

  • 秦 和弘(はだ かずひろ)国立天文台 水沢VLBI観測所
    Email: kazuhiro.hadaあっとnao.ac.jp
  • 紀 基樹(きの もとき)工学院大学
    Email: motoki.kinoあっとnao.ac.jp
  • 川島 朋尚(かわしま ともひさ)東京大学 宇宙線研究所
    Email: kawshmあっとicrr.u-tokyo.ac.jp
  • 本間 希樹(ほんま まれき)国立天文台 水沢VLBI観測所
    Email: mareki.honmaあっとnao.ac.jp
  • 山岡 均(やまおか ひとし)国立天文台天文情報センター
    E-mail: hitoshi.yamaokaあっとnao.ac.jp

画像・動画集

東アジアVLBIネットワーク(EAVN)

クレジット:国立天文台

 

スーパーコンピュータ「アテルイII」

クレジット:国立天文台

 

ジェットが噴出する向きの時間変化の様子

クレジット:Cui et al.(2023)

 

M87銀河の巨大ブラックホールから噴き出すジェットの動画

[ジェットの向きの矢印ガイドなし版はこちら]

クレジット:Cui et al.(2023), animation by Kazuhiro Hada

 

アテルイIIによる理論シミュレーション動画

本研究で示した一般相対論的磁気流体シミュレーション(高温ガスの運動のシミュレーション)の結果を一般相対論的輻射輸送計算(光の伝搬計算)を実施して可視化した動画。上下に伸びる青白い領域がジェットで、中心付近の薄暗い青色の領域が降着円盤。レンズ-シリング歳差運動の様子を示している。初期にはジェットの方向が右斜め上/左斜め下にジェットが向いている。左上のシミュレーション時刻(t)で14000頃からレンズ-シリング歳差運動がスタートし時刻20000頃には左斜め上/右斜め下の方向まで回転し、動画の最後(26000付近)には初期に近い方向に戻っている。シミュレーションの時間の10000は約10年に相当し、約10年周期の歳差運動が起きていることが見てとれる。なおこの動画は視認性を考慮し、実際のM87よりも斜め方向(赤道面方向)からの観測を模擬している。計算にはアテルイIIを用いた。クレジット::川島朋尚、高橋博之、大須賀健

 

自転するブラックホールの周りで歳差運動する降着円盤とジェットのCGアニメーション

[簡易デザイン版はこちら]

クレジット:Cui et al. (2023), Intouchable Lab@Openverse, Zhejiang Lab

関連リンク

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国立天文台プレスリリース (英語)
国立天文台CfCAプレスリリース (日本語)
国立天文台CfCAプレスリリース (英語)
総合研究大学院大学 プレスリリース (日本語)
総合研究大学院大学 プレスリリース (英語)
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