研究目的と手法

EHT プロジェクトの目的

EHT (Event Horizon Telescope) は、地球規模の電波干渉計を用いてブラックホールシャドウの撮像を目指す国際共同研究プロジェクトです。

ブラックホールシャドウの撮像は、人類史上まだ実現されていない未開のフロンティアで、その実現はブラックホールという光さえ吸い込む暗黒の天体の存在を直接的に示す強力な証拠となります。さらに、ブラックホール周辺の強重力場での一般相対論や、ブラックホール近傍でのガス降着・噴出のプロセス等を研究する上でも、ブラックホールシャドウや周辺領域の撮像が重要な鍵となります。EHT ではミリ波・サブミリ波帯の超長基線電波干渉計 (VLBI) を地球規模で構築し、ブラックホール近傍の様子を描き出すことで、これらの研究を推進します。また、EHT以外のVLBIを活用したセンチ波帯の観測プロジェクトと共同観測を実施したり、シミュレーションを駆使した理論研究を組み合わせたりすることで、ブラックホール周辺の現象・構造のさらなる理解を目指します。これからもEHTは望遠鏡の拡張や広帯域化により観測システムを発展させ、より高い解像度と感度を実現し、ブラックホール研究を進めていきます。

EHT-Japan の目標・特徴

EHT の日本チーム (EHT-Japan) は、観測装置の開発や解析ソフトウェアの開発に大きく貢献してきました。また、東アジアVLBIネットワーク (EAVN) を構築し、EHTと共同で研究することで、多波長観測からのブラックホール研究を進めています。さらに東アジア地域の研究者で協力して、ブラックホール近傍からの噴出現象を理論的に説明する統一モデルの構築を目指しています。

観測装置の面での貢献

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ALMAの中間山麓施設に設置した光波長多重伝送装置 (上の白い装置)。下はアメリカが開発・納入したハードディスクレコーダー。

ALMA Phase-up Project (APP) は、ALMA 50台アレイを1つのVLBIの観測局とするためのプロジェクトです。観測サイトでアンテナ同士の信号を足し合わせ、そこから30 km離れた中間山麓施設に光ファイバーを使ってデータを送り、ハードディスクに記録します。日本が担当したのは、足し合わされた信号を中間山麓施設に送る「光多重伝送装置」の開発・製作です。これまで日本は、光ファイバーを用いてデータを伝送する実験を、実際のVLBI観測で行なっていたため、その経験をプロジェクトに活かすことができました。2012~2013年にエレックス工業の協力のもと開発し、2014年には実際にALMAでの搭載作業を行いました。現在EHTで得られるALMAの観測データは、すべてこのシステムを経由して伝送・記録されています。

新しい画像復元手法の開発

みなさんが想像される天体望遠鏡は光学望遠鏡とよばれるもので、鏡やレンズで光を集めて画像を撮ります。基本的な仕組みはカメラと同じです。一方、電波干渉計では、複数のパラボラアンテナで受信した電波を処理して、最後にイメージングと呼ばれる画像復元手法を適用して天体画像を求めます。この画像復元は計算機上で行います。

EHTの観測の対象となったいて座AスターとM87のブラックホールシャドウの画像を正確に求めるには、これまでのどの望遠鏡よりも高い解像度が必要です。このため、画像復元の手法も新しく開発する必要があると考えられていました。

電波干渉計では、40年以上前に提案されたCLEAN法と呼ばれる画像復元方法を用いるのが一般的です。EHTでは、この方法とは別に、高品質な画像を得るための新たな画像復元手法が複数開発されました。EHT-Japanでは、最近の機械学習や統計学で用いられているスパースモデリングという方法を取り込み、新しい画像復元方法を提案しました。この成果は SMILI という名前で公開されています。

多波長VLBI観測によるブラックホール研究

EHT観測により、ブラックホールの事象の地平線スケールの構造が初めて明らかになります。一方で実際のブラックホール周辺のガスの運動・構造はとても複雑で、様々な高エネルギー現象が起こると考えられています。例えば一部のガスは何らかのメカニズムでブラックホールの重力を振り切り、ジェットとなって吹き出すこともあります。こういったブラックホールの活動性や、それらが銀河に与える影響などを理解するためには、ブラックホール本体の観測とともに、その周辺をとりまくガスの運動も詳しく調べる必要があります。私たちは高解像度なEHTとともに、高感度な東アジアVLBIネットワーク(EAVN)を用いて降着ガスやジェットの運動も併せてモニターすることで、巨大ブラックホールのダイナミックな姿を浮き彫りにします。また、これらの観測データを最先端の理論シミュレーションと比較し、降着ガスの物理パラメータやジェットの生成メカニズム解明も目指します。

理論的側面からのブラックホール研究

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M87ジェットの理論モデルと観測画像の比較。(クレジット:川島朋尚(国立天文台): 一般相対論的輻射輸送計算、中村雅徳(台湾中央研究院): 一般相対論的磁気流体シミュレーション、EAVN AGN サイエンスワーキンググループ: 7mm帯での M87 観測画像))

ブラックホールによる時空の歪みは、アインシュタインの一般相対性理論によって記述されます。周辺のプラズマは、一般相対論的電磁流体力学に従って運動します。プラズマからの放射光は、時空の歪みで大きく曲げられてブラックホールを縁取るリング状の軌跡を描くことが予言されています。私たちはこうした物理学に基づいた準解析的理論モデルや一般相対論的磁気流体シミュレーションで予言される電波画像を計算し、EHT観測による電波画像と詳細に対比することによって、ブラックホール時空の性質や、ブラックホールが引き起こすプラズマ降着流やジェット噴出流の謎に迫ります。さらに私たちEHT-Japanチームは、東アジア領域の国際研究チームとも連携しながら、EHTのみならずEAVNによるジェット噴出流の特徴まで含めた観測を包括的に説明する統一モデルの構築を進めており、その点がEHT-Japan独自の特長となっています。

観測天体

重力が非常に大きく、光でも脱出できない天体 (領域) をブラックホールといいます。光が脱出できないので、直接見ることはできないはずです。しかし、ブラックホールに落ちるガス (降着流) や、ブラックホール近傍から高速で噴出するプラズマ流 (ジェット) からの放射を観測することで、ブラックホールが「黒い穴 (ブラックホールシャドウ)」として見える可能性があります。

銀河の中心には、太陽質量の100万倍から10億倍もの質量をもつ巨大ブラックホールが存在すると考えられています。ブラックホールの質量が大きいほど、そして地球からの距離が近いほど、ブラックホールシャドウのみかけのサイズが大きくなり、観測しやすくなります。EHTは、シャドウのみかけサイズが最も大きい「いて座Aスター」と「M87」をターゲットに、ブラックホールシャドウの撮像を目指します。

いて座Aスター

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チャンドラ(X線)とVLA(電波)と観測されたいて座Aスター画像の合成図。(クレジット:X-ray: NASA/CXC/UCLA/Z.Li et al; Radio: NRAO/VLA)

私たちの住む天の川銀河の中心にはいて座Aスターと呼ばれる巨大ブラックホールが存在すると考えられています。いて座Aスターは太陽質量の約400万倍の質量を持つと考えられており、地球から約3万光年の距離にある、私たちから最も近い巨大ブラックホールです。いて座Aスターはブラックホール候補天体のなかで最大の視直径を持ち、EHTによってそのブラックホールシャドウが撮像されることが期待されています。そのため、いて座AスターはM87と並ぶEHTの最重要ターゲットとして注目されています。

またEHT観測によって、ブラックホールの周りのプラズマ流の動きが捉えられることが期待されています。いて座Aスターの周りでは、物質が数分から数10分程度の短い時間で回転すると考えられており、EHTの観測によってブラックホールの周りをプラズマが流れる様子を動的に捉えるための研究が精力的に行われています。これによりブラックホール周囲のプラズマ流の性質を理解し、それを用いたブラックホールの時空構造の測定が期待されています。

M87

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ハッブル宇宙望遠鏡による M87 の可視光画像。(画像クレジット:NASA and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA))

いて座Aスターと並ぶEHTの最重要ターゲットがM87です。M87はおとめ座銀河団にある楕円銀河で、地球から約5500万光年の距離にあります。M87銀河の中心には太陽の約60億倍という宇宙最大クラスの重さを持つ巨大ブラックホールが存在すると考えられています。M87の巨大ブラックホールはいて座Aスターとほぼ同程度の視直径を持つと考えられており、EHTによるブラックホールシャドウの撮像が期待されています。またM87のブラックホールは非常に活発で、ジェットと呼ばれる強力なプラズマの噴出現象も確認されています。いて座AスターとM87という全くタイプの異なるブラックホールをEHTで観測することで、ブラックホールに様々な個性が生まれる原因や、強力な引力を振り切り如何にしてジェットが生成されるのか、といった現代天文学の大問題を解決できる可能性があります。

ほかの活動銀河核

中心ブラックホールの重力エネルギーによって銀河中心では複雑な構造を持つことが知られており、中心核が明るく光っている天体を活動銀河核と呼びます。活動銀河核では、ジェットと呼ばれるほぼ光の速度で流れる細長いプラズマの噴流を持つものがおり、このジェットは中心ブラックホール近傍から噴出しています。ジェットを通してブラックホール近傍から母銀河内やより遠くの銀河の外へと物質が供給されるため、ジェットはブラックホールや母銀河の成長・進化の観点から重要な天文現象と言えます。一方で、このジェット内では高エネルギー粒子が生成されることから、高エネルギー天文学においても特に重要な現象となります。しかし、ジェットがどのようにブラックホール近傍から発生しているのかなどまだまだ未解明な問題があります。

EHTによってこれまで解像できなかったジェットのより深部が撮像されます。これにより、ジェットが細長く絞られ、ほぼ光の速度まで加速される領域や高エネルギー粒子が生成されている領域が多くの近傍の活動銀河核で撮像されると期待されています。ジェット天体はエネルギーが強い天体、弱い天体に分類でき、様々な天体のジェット生成を見ることで、ジェットの多様性を調べることができます。わたしたちはこのように活動銀河核のミリ波サブミリ波VLBI観測からジェットを含むブラックホールの周辺環境について研究しています。

観測手法 (VLBI)

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日本のVLBIネットワークVERAのアンテナ配置図。(画像クレジット:国立天文台)

望遠鏡の解像度は観測波長が短いほど、口径が大きいほど向上します。VLBI (Very Long Baseline Interferometer; 超長基線電波干渉計)とは、地球各地に存在する複数の電波望遠鏡を繋ぐことで、望遠鏡同士の間隔(基線長)と等価な口径を持つ巨大電波望遠鏡を仮想的に形成する技術です。これにより、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の100倍以上というあらゆる天文観測装置の中で圧倒的な解像度を実現することができます。例えば国立天文台が所有する日本のVLBIネットワークVERAは観測波長7mm、基線長2300kmで運用されており、その解像度は人間の視力に換算すると約10万に相当します。

Event Horizon Telescope (EHT)

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EHT に参加する望遠鏡の写真とその位置。(画像クレジット:Kristy Johnson. Photo credits: ALMA -- ESO / C. Malin; SMA -- Shelbi Hostler; SPT -- Jeff McMahon; SMT -- David Harvey; PV -- IRAM; JCMT -- JCMT/JAC; LMT -- Gopal Narayanan; APEX -- APEX.)

Event Horizon Telescope (EHT) は波長の短いミリ波帯(主に1.3mm)を用いて、地球直径に匹敵する10000kmもの基線長でVLBI観測を行います。それによって、地上の観測網を用いたVLBIネットワークとしては最高の視力である300万という解像度を達成します。2018年現在のEHT参加局はSMT(アリゾナ)、APEX(チリ)、ALMA(チリ)、JCMT(ハワイ)、SMA(ハワイ)、LMT(メキシコ)、PV(スペイン)、SPT(南極)、GLT(グリーンランド)の計9局です。特にALMAはミリ波で世界最高の集光力を誇り、長基線での微弱な信号を確実に検出します。これにより、EHTでは視力約300万という極限の解像度を達成します。更に、ミリ波はセンチ波に比べて銀河の星間プラズマやブラックホール周辺のガスに対して透過力が高いというメリットもあります。これにより、いて座AスターやM87のブラックホール、及び降着流の最内縁やジェットの根元を初めて直接撮像できるようになると期待されます。EHTネットワークは現在も拡張中であり、今後はフランスのNOEMAやアメリカのアリゾナ州キットピークにあるミリ波望遠鏡も参加が見込まれています。

東アジアVLBIネットワーク (East Asian VLBI Network; EAVN)

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EAVN に参加する望遠鏡の写真とその位置。(画像クレジット:Reto Stöckli, NASA Earth Observatory)

東アジア VLBI ネットワーク (EAVN) は日本・韓国・中国など東アジア地域に分布する最大約20台の電波望遠鏡で構成されるVLBIネットワークです。日本からはVERA、野辺山及び大学連携VLBI(山口、日立、高萩、鹿島、臼田、岐阜)が参加しています。EHTに比べて波長の長い電波で観測し、多くの望遠鏡を用いることで、ブラックホールの周りに広がったガス(降着ガスやジェット)を高感度に撮影することができます。更に東アジア地域の「マイテレスコープ」としての機動性を活かし、天体を高頻度にモニター観測することで、降着ガスやジェットの運動を詳しく調べることが可能になります。