Dragonfly地震計の開発

2021-06-16

(この記事は、水沢の共同利用施設を利用された白石浩章様にご寄稿いただきました。)

はじめに

Dragonfly(日本語では「トンボ」の意味)は米国NASAのニューフロンティアプログラムの4番目として採択された土星の衛星タイタンを離着陸探査するミッションです。

探査機は2027年に打上げが予定されていて、2030年代半ばにタイタンに到着後、約3年間の観測を行います。ミッションの詳細については以下のURLが参考になります。(https://dragonfly.jhuapl.edu/index.php)

Dragonflyは8つのプロペラを持つ離着陸が可能なドローン型探査機で、16日もしくは32日ごとに動力飛行と着地観測を繰り返しながら、大気中だけでなく表層物質の化学分析や気象観測、さらに地中探査を多地点で行います。それによって生命前駆物質が存在するのか否かを調べたり、現在の姿から太古の地球環境によく似ているとされるタイタンの進化過程を明らかにしたりすることを目的としたとても野心的なミッションです。

最近、ヘリコプター(一翼機でカメラ以外の観測機器は非搭載)が地球に比べて大気の薄い火星での飛行に成功しましたが、太陽系天体において動力飛行をしながら多地点を広範囲で探査するミッションが今後も行われていくのかもしれません。もちろん厚い大気が存在しないと着陸した探査機が再浮上することさえ難しいので、火星の次に飛行探査のターゲットになりうるのは分厚い大気をまとうタイタンである可能性が高いと考えられます。

Dragonflyの搭載装置

JAXA宇宙科学研究所は、このDragonflyミッションにおいてDraGMet (Dragonfly Geophysics and Meteorology Package)と呼ばれる地球物理・気象観測パッケージに搭載が検討されている地震計(DraGMet SEISと呼ぶ)を担当します。また、比較的小型で高周波帯域での観測を得意としているジオフォン(DraGMet GEOPHと呼ぶ)も搭載される予定です。さらに、タッピング動作を行うことができるドリル機構(本来は表層物資の掘削を目的に搭載)を利用することで、アクティブな人工地震探査も行うことができます。DraGMet以外では、有機物や大気成分を調査する質量分析計と主要元素を測定するガンマ線-中性子分光計が探査機に搭載されます。

DraGMetはタイタンの大気・表層・地中の環境モニタと物質の物理特性を調査するために気圧、風向/風速、熱伝導率など約10種類のセンサーで構成されるパッケージの総称です。DraGMet SEIS/GEOPHはその1つとしてタイタン内部の地震活動度や氷地殻の構造を調査するだけでなく、他のDraGMetセンサーと同時に観測することで、大気の運動が表層物質の移動や地面の振動に与える影響を調べたり、逆に内部の活動が表層や大気に物質を循環させる過程を明らかにすることが期待されています。このような物質の循環は、現在のタイタンの姿を形作るうえでとても大切なプロセスであるだけでなく、過去の地球がそうであったように生命が萌芽して進化していく環境とはどのようなものであったかを探るうえで貴重な観測データとなるでしょう。

装置開発と課題

DraGMet SEISの原型となる地震計は月内部構造探査計画LUNAR-Aプロジェクトの観測プローブであるペネトレータへの搭載を目的として開発してきたもので、Dragonflyミッションの要求条件に従って一部に改修を加える予定です。

この地震計の検出原理は古典的な電磁出力式と呼ばれ、バネに吊るされたコイルが磁束内を相対運動する際に発生する電荷を検出するものですが、これまで宇宙機搭載を想定した耐環境試験を長年にわたって行ってきた実績があります。

Dragonflyミッションでは、タイタン表層に吹いている弱い風に地震計が直接晒されることのないように風除けカバー内で覆われた状態で観測を行います。

Dragonflyミッションにおける最大の技術的課題は、何と言っても-180℃の極低温環境において保温することなく地動観測を行うことでしょう。つまり、極低温下で稼働できる耐性があるのかどうか、地震計としての性能がどう変化するのかについては理論的に予測できるものではありません。そのため、実験室や地震観測所でタイタンを模擬する環境を再現して評価する必要があるのです。

地震計の性能を表すパラメータは「固有周期」「減衰定数」および「発電感度」の3つです。これらがタイタン表層環境(-180℃、1.5気圧)に晒されるとどのような影響を受けるのか、どれぐらい変化するのかを把握することが開発初期段階の目標となっていました。さらに、Dragonfly搭載用にどのような改修を行えばよいのか、今後製作予定のフライトモデル(実際に探査機に搭載される製品)に対してどのような地上試験を行うべきかを考えるうえでも重要な開発ステップとなります。

水沢VLBI観測所内のRISE実験室と江刺地球潮汐観測施設をお借りして極低温環境での地震計の性能評価を過去3年にわたって実施してきました。最近では地震計の出力を読み出す回路の設計に必須となるオペアンプに対する極低温評価を行ったり、極低温に晒すことができる小型の加圧容器を製作して温度・気圧の両面でタイタン環境を模擬した試験も開始しています。その結果、タイタン模擬環境において地震計は故障なく稼働することができ、性能パラメータの変化量も把握することができました。今後は、これらの試験結果を反映した地震計と計測回路を新たに製作して長時間の地動観測試験を極低温環境で行うほか、探査機本体の機器と組み合わせた試験を行っていく予定です。

 

図1

江刺地球潮汐観測施設 坑道内での極低温地動観測試験

 

図2

水沢VLBI観測所での地震計性能評価(極低温)

 

図3

極低温加圧容器での地震計性能評価