【この記事は一橋大学大坪俊通氏に寄稿いただきました】
衛星レーザ測距とは
現代では,位置に関する情報はみなさんの生活に欠かせないものになっています.多くのみなさんは,スマートフォンやカーナビゲーションなどで数メートルの精度で位置がわかることは実感してることと思います.さらに,地球環境や災害を監視したり,最先端の科学成果を生み出したりするためには,地球規模で数ミリメートルの精度での位置を知ることが必要になっています.たとえば,海面高が年間数ミリメートルの割合で上がっていることがわかってきましたが,そのためには地球の固体部分の形や大きさも同程度の精度で知っておく必要があります.
さて,位置を表す緯度や経度にはどこかに基準が必要なはずです.座標原点(3次元座標 (0, 0, 0) の点)は地球の重心に置かれています.この点に行ったりこの点を見たりすることはできませんが,この点と地上局との位置関係を求めることは可能です.人工衛星が地球の重心の周りを回っていることを使って,地上から人工衛星の位置を正確に測ることによって求められます.この計測を最も正確にできる技術が衛星レーザ測距 (Satellite Laser Ranging) です.測距とは文字通り距離を測ることを意味します.レーザパルスが地上局→人工衛星→地上局と往復するのに要する時間を正確に測り,距離を求めます(詳しくは一橋大学ページの記事参照 ).地球の基準となる座標系を与えること,人工衛星の軌道を正確に測ることに加えて,地球の重力の空間的ばらつきや,宇宙空間での微小な力を検出することもできます.
現在,図1のように,世界には40ほどの衛星レーザ測距観測局があります.この地図のように,多くの観測局は北半球中緯度域にあり,地球上に均一に散らばって設置されているわけではありません.人工衛星がたとえば南極上空を通過するときには地上からの観測が行われていませんし,赤道付近でもごく限られています.地球全体の位置の基準を作るにはこれは理想的な配置ではなく,この地図の空白域を埋めることが求められています.これが難しい最大の理由は,設置にかかるコストです.1局当たり数億円を要することが一般的であり,先進国の大きな組織のみが保有しているのが現状です.
図1︓世界で稼働している衛星レーザ測距局の分布. ILRS ウェブサイト より
Omni-SLR のコンセプト
これを打破するため,一橋大学・国立天文台・東京大学生産技術研究所が中心となり,さらに JAXAなどとも協力して,2020年度より小型で低価格なレーザ測距装置の開発を始めました.数億円の装置と全く同じことはできませんが,たとえば低い軌道の人工衛星に特化した形で,観測局数を劇的に増やすことができるだろうと考えています.国立天文台は,探査機かぐや・はやぶさ2に搭載された小さなレーザ測距装置の開発を行ってきましたが,今度はその技術を地上の観測局にも展開しようというところです.
この開発を進めるにあたり,個々の要素技術には,先端的なもの・ユニークなものも多数あります.たとえば,望遠鏡の向きの制御には,低価格のアマチュア向け望遠鏡の架台が使えるか試験をしています.これを,高い指向精度で動作させることが実証できれば,人工衛星の追尾に加えて,将来,6G通信技術で組み込まれる可能性がある成層圏飛行体との光通信にも応用が可能です.わたしたちは,システム全体を作り上げて性能を実証することをめざしていますが,一方で,個々の装置はマイコンなどを使って分散化し,開発したものはオープンにしますので,一部であっても国内・世界の他のユ ーザに使われることを期待しています.
開発の現状
おおざっぱに分けますと,国立天文台にて光学系,東京大学生産技術研究所にてソフトウェア,一橋大学にて小コンポーネント開発と統括を担当しています.実際は,ハードウェアとソフトウェアの組み合わせを多数作ることになりますので,お互い連携しながら開発を進めています.図2の写真は,一橋大学にて,実際の人工衛星軌道に合わせて望遠鏡架台を制御している様子です.ちなみに,この写真のなかで仮に設置してる小さな望遠鏡は「国立天文台望遠鏡キット」です.本番の主望遠鏡はもっと大きな数十センチメートル径のものを使うことになりますが,広めの画像取得のためこのような小さな望遠鏡の出番もあるかもしれません.
2021年度中には地上の固定点に置かれた反射鏡への測距をめざしており,2022年度には人工衛星を望遠鏡で正確に追尾し,2023年度までには人工衛星までの測距ができるように開発を進めています.国立極地研究所のみなさんとも,将来,南極昭和基地に設置する可能性の相談を始めています.今後の開発とその後の展開に期待してくださるとうれしいです.
図2︓ Omni-SLR 望遠鏡架台の室内テストの様子.一橋大学にて.