InSightに搭載される地震計

写真1. InSight に搭載される地震計

写真1. InSight に搭載される地震計。格納容器の中に三つの地震計が搭載されている。
(Credit: SODERN/IPGP/CNES.)

地震計はInSightの主要な観測機器の一つで、火星の内部構造を明らかにする鍵となる観測機器として重要な役割を担っています。InSightには2種類の地震計が搭載されます。一つがゆっくりとした揺れの観測に適した広帯域地震計(Very Broad Band Seismometer; VBB)、もう一方が速い揺れの観測に適した短周期地震計(Short Period Seismometer; SP)です。これら2種類の地震計が3つの異なる方向(東西・南北・垂直)の揺れを検出できるように3つずつ搭載されて格納容器の中に収められています。写真では分かりにくいのですが、それぞれの地震計は東西・南北・垂直方向にぴったり向いて設置されるわけではなく、実際は斜めに振動する3つの同じ地震計が、向きを変えて格納されています。複数の斜めに振動する地震計の観測結果を組み合わせて水平・垂直方向の振動に変換し、水平・直立設置の地震計と同じ結果を得ることができます。これは地震計の開発を楽にするための工夫で地球でも用いられている手法です。InSightの短周期地震計もそうなのですが、直立と水平の地震計を作る場合は重力の関係で二つの地震計の設計を変える必要があります。しかし斜めに振動する地震計であれば同じ設計の地震計で3つの方向の観測を実現することが可能になります。この点は地震計の開発にとって非常に有利です。実際にInSightでは同じ地震計を複数作り、その中でもできのよかったものを3つ選んで火星に打ち上げます。選考に漏れた地震計も十分に高い性能を持っており、Phoenix着陸機のバックアップ機がInSightの着陸機として復活したように、また将来のミッションで使われることもあるかもしれません。  

“広帯域”というのは観測可能な地震波の周波数範囲が広いことを示しています。周波数の低い地震波は一度の振動にかかる時間(周期)が長くゆっくりとした振動であり、周波数の高い波は周期が短い速い振動になります。広帯域地震計は振動の周期が長い周期を観測するモードでは数1000秒から100秒程度、短い周期に絞った観測モードでも数100秒から数秒の振動に感度があり、これは地震波の中でも周期の長いゆっくりとした振動の観測を得意としていると言えます。地震波には天体の内部を伝わる実体波、天体の表面のみを振動させる表面波、天体全体が振動する自由振動などの種類があります。特に表面波と自由振動に対しては長い周期での観測が有効なことが知られており、広帯域地震計による観測に期待が寄せられています。表面波は天体の表面付近のみを振動させるため地殻など比較的浅い構造の探査に適しています。一方、自由振動は火星全体が振動する現象であり、表面波よりも深部の構造の探査を可能にします。実体波についても周期が長い波は散乱やエネルギーの散逸の影響を受けにくいという特長があり、長い距離を伝わります。そのため遠くから深部を伝わってくる実体波の観測にも広帯域地震計は有利だと考えられます。このように広帯域地震計の観測は深部構造の探査に適しており、地殻やマントルなどの構造を明らかにできると考えられています。

一方、短周期地震計はその名の通り周期の短い振動の観測を得意としています。そのため広帯域地震計のような全球的な振動ではなく、着陸機の近くで発生する細かい振動の観測が主な観測となります。例えば火星ではダストデビルと呼ばれる小さな竜巻や地滑りなどが起こっていると考えられています。これらは地面を揺らし、局所的に強い振動を発生させ、比較的周期の短い地震波を多く引き起こします。このような現象の観測は広帯域地震計よりも短周期地震計の方が得意です。一般的な地震に加えて地震以外の振動を観測することも短周期地震計の役割です。大気による振動に代表される小規模な現象は火星のごく表層しか振動させないため、深い構造を観測するには適していませんが、逆に着陸機の真下数10~数100mに何があるかを調べる上では非常に役に立ちます。短周期地震計の観測から、着陸点の周りの状態や地下の様子がわかるのではないかと期待されています。