第1回 測地学と天体力学の💕な出会い

スプートニク

スプートニク1号のイメージ

人類が初めて人工衛星スプートニク1号を打ち上げたのは1954年10月4日のことでした。この時から、人工衛星や惑星探査機の軌道を追いかけて、地球や惑星の内部を詳しく調べる研究(衛星測地学 [えいせいそくちがく])が始まったと言えるでしょう。地球の周りを回る人工衛星はいつも同じ軌道に沿って動いているわけではありません。例えば、地球は自転しているので少しだけ赤道がふくらんでおり、赤道上空では重力が強くなります。この赤道重力の影響を受けて、地球を回る人工衛星は少しずつ軌道がずれていきます。逆にいうと、人工衛星の軌道が移り変わっていく様子(軌道変化 [きどうへんか])から、地球赤道の膨らみ具合(扁平率 [へんぺいりつ])が分かるのです。

この原理は、実は19世紀の初頭から提案されていました。1802年にラプラスは月が地球の赤道面を横切る際の方角(昇交点黄経 [しょうこうてんこうけい])が天球上を動く割合から地球の扁平率を求めています。つまり、人工衛星の軌道変化から地球の重力を測るための最も基礎的な理論は、世界初の人工衛星が打ち上がる150年前にはありました。

地球の重力は場所によって、少しだけ強くなったり弱くなったりします。赤道以外でも、日本海溝のようなプレートの沈み込み境界では重力が強くなっています(ということを、衛星測地学のデータから現代の私達は知っています)。賢明な読者は、こうした詳細な重力の地域差も原理的には月の軌道変化から測れるのでは?と思われるかも知れませんが、実際には、月は地球から38万キロメートルの遥か彼方を回っているので、大まかな地球重力しか分かりません。詳しく調べるためには低い高さに人工衛星を飛ばして、地球重力に振り回される有り様を追いかけなければならないのです。

衛星を追いかけることを「追跡 [ついせき]」と言います。スプートニク打ち上げ当時の追跡のやり方は2通りありました。第1のやり方は、写真撮影をして、背景の恒星との位置関係を調べて、衛星の方角を割り出すやり方です。良い精度で追跡できるのですが、このやり方だと写真撮影をする人は夜中で、かつ、人工衛星は太陽の光を反射して輝いていなければなりません(下の図を参照)。この条件は人工衛星の高度が低いほど厳しくなります。このため、人工衛星に光源を載せたこともありました。

電波を使うのが第2のやり方です。人工衛星が電波源を載せていることもありますし、地上のアンテナが発信する電波を人工衛星が折り返して、再び地上で受信することもあります。このやり方で地上のアンテナと人工衛星の間の距離を測ったり、人工衛星の速度を測ることができます。難しいのは、地球大気のゆらぎの影響で、電波が屈折したり余計な時間がかかってしまったりすることです。

この後、1960年からドップラー法を使った観測が、1964年からはレーザを使った距離測定が始まりますが、それらの詳しい説明はこの後の記事に譲ることにします。余談ですが、人工衛星の軌道から推定された地球の重力は、初期の頃は軍事機密として公表されていなかったと聞いたことがあります。大陸間弾道ミサイルの命中に大きく影響するから、という話でした。

地球を回る人工衛星の軌道データを使った宇宙測地技術は、すぐに他の天体に応用されていきました。1960年代の月探査から、金星、火星、木星、土星と研究対象は拡がっていきました。特に有名なのが月のマスコンの発見です。米国のルナ・オービター探査機の追跡から、月の特定の地域(大型盆地)の上空を通過する際に探査機の軌道が大きくぶれてしまうことが分かりました。この地域は特別に重力が強いのです。それは、この地域には何か密度の高い物質が埋まっていることを意味しています。月の大型盆地は「海」と名付けられた溶岩平原でもあります。溶岩は地殻物質よりも密度が高い(重い)のですが、それだけでは足りないくらい重力が強いのです。おそらくは、大型盆地の地下は地殻がとても薄くなっていてマントルが地表面近くまでせり上がっていると現在では考えられています。そのメカニズムは未だに謎ですが、大型盆地ができた時の大衝突と深い関係があると考えられています。

 

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図 写真撮影による人工衛星の追跡

Floberghagen, R., Lunar Gravimetry: Revealing The Far-Side, Springer, Berlin、 2002、 308 p., (Astrophysics and Space Science Library、 273), ISBN 978-9401571173.

Lambeck、 K., Geophysical Geodesy, Oxford Univ. Press, Walton, 1988, 718 p., ISBN 0-19-854437-5.

(文責:竝木 則行)