観測技術:VLBI とは?

望遠鏡 口径 D 波長 λ 解像度 (λ/D) 視力
ハッブル宇宙望遠鏡 約 2.4 m 約 550 nm 約 0.05 秒角 約 1,200
すばる望遠鏡 約 8 m 約 2.4 μm 約 0.06 秒角 約 1,000
センチ波VLBI 約 9,000 km 約 1 cm 約 0.0002 秒角 約 300,000
ミリ波・サブミリ波VLBI (現在) 約 4,000 km 約 1 mm 約 0.00005 秒角 約 1,200,000
ミリ波・サブミリ波VLBI (将来) 約 9,000 km 約 1 mm 約 0.00002 秒角 約 3,000,000

 

 Very Long Baseline Interferometry (超長基線電波干渉計, VLBI) とは、地球の各地に存在する複数の電波望遠鏡を繋ぎ、地球サイズ規模の実効口径を持つ巨大電波望遠鏡を実現する技術です。望遠鏡の解像度θは観測波長λと口径Dのみで決まり、おおよその解像度はθ=λ/Dで見積もる事ができます。VLBI は実効口径が非常に大きいため、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の100倍以上という、あらゆる天文観測装置の中で圧倒的に高い解像度を実現しています。

国際プロジェクト「Event Horizon Telescope」とは?

 地上の望遠鏡を用いる限り、VLBI の実効口径は地球の大きさ(直径 約12,000 km)に制限されてしまいますが、観測波長を短くすることでさらに高い解像度を実現することが可能になります。特に観測波長が 1.3 mm より短いVLBI観測では現状で60 マイクロ秒角を切る細かい解像度で天体の画像を得ることが可能になります。これはすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡のおよそ1000倍の解像度です。

 Event Horizon Telescope (「事象の地平線」望遠鏡、EHT) は、世界中にあるミリ波・サブミリ波の電波望遠鏡を繋いでこのような高い観測周波数でVLBI 観測を行おうとしている国際プロジェクトです。EHT には日本の国立天文台を初めとして、米国のマサチューセッツ工科大学、ハーバード大学、カルフォルニア工科大学、ドイツのマックス・プランク研究所など日本、欧米、台湾、チリの研究機関が参加しています。EHT の最終的な目標は現代科学の究極の目標と言われている超巨大ブラックホールの直接撮像です。

どうやって観測をしているの?

 

図1: EHTに参加している望遠鏡 (正式名称は※2を参照)。赤い点が今回使用した望遠鏡、白い点が現在参加・将来的に参加が期待される望遠鏡。(画像クレジット:国立天文台)

  Event Horizon Telescopeではプロジェクトに参加している研究機関が保有するミリ波・サブミリ波望遠鏡を結んで観測を行っています。日本の国立天文台が保有するASTEもその望遠鏡の一つです。将来的には、初期の科学観測がすでにはじまっているALMA望遠鏡なども参加する事が期待されています。 

 今回の観測ではハワイ島のマウナ・ケア山頂にある望遠鏡群(SMA、CSO、JCMT)、カルフォルニアにある電波干渉計(CARMA)、アリゾナにある電波望遠鏡(SMT/ARO) が参加して観測を行いました(図1)。実効口径の大きさは最大4230 km になります。

 EHT が行っている1.3 mm 帯のVLBI 観測は観測技術が現在確立されつつある非常に新しい分野です。これまで天体の画像が得られたのは、同じくEHTプロジェクトによる観測結果で、わずか1ヶ月前の2012年8月にアメリカの天体物理学専門誌 The Astrophysical Journalに掲載されることがきまった観測結果(Lu et al. 2012)のたった1例しかありません。ですので天体の画像が得られるだけでも技術的に大きな成果と言えます。1.3 mm 帯のVLBI 観測で天体の画像を得ることに成功した本成果は世界で2 例目にあたります。

ジェットの観測にミリ波・サブミリ波VLBI を用いる利点は?

 

図2: ジェットの正体 (画像クレジット : 3C 120の画像 The MOJAVE Program、他 国立天文台)

 



図3: 電波の波長の違いによるジェットの見え方の違い。波長の短い電波で見るとジェットのより根元の部分を見通す事ができます。(画像クレジット:国立天文台)

 ミリ波・サブミリ波VLBI は活動銀河のジェットに対する観測において重要な役割を担うと期待されています。ミリ波・サブミリ波VLBI を用いる利点は大きく分けて2つあります。

 一つは解像度が高いことによりこれまで見えていなかったジェットのより詳細な構造を捉えられることです。

 二つ目の利点はジェットをミリ波、サブミリ波帯といった波長の短い(=周波数の高い)電波で見ると、ジェット中のガスが電波に対して透明になるためにこれまで見えなかったジェットのより根元の部分、つまり噴出元のブラックホールにより近い場所を見通せることです。ジェットは、磁場とプラズマからなっており、プラズマ中の電子と磁場の相互作用によるシンクロトロン放射が電波では見えています(図2)。ジェットのもっとも根元の部分では、磁場やプラズマの密度が高く、シンクロトロン放射はジェット自身によって吸収されてしまってその領域を見る事ができなくなります。しかし観測する波長を短くしていくと、ジェットの電波を吸収する効果が小さくなり、より根元の部分を見る事ができます(図3)。

 これらの利点を生かして、ジェットの根元の部分の構造をしらべることでジェットの形成メカニズムを解明するための重要な手がかりを見つけられるのではないかと期待されています。


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<-- 研究の背景 - 謎だらけの天体現象、「ジェット」とは?

--> 観測結果 - 人類史上最高の視力で見た活動銀河 3C 279とNRAO 530のジェットの根元の姿


※1 Event Horizon Telescopeの名前の由来は?事象の地平線ってなに?

 Event Horizon Telescopeに日本語の正式名称はありませんが、直訳すると"「事象の地平線」望遠鏡"となります。ブラックホールに近づいて行くと、それ以上近づくと重力が強くなり光や物質が逃げ出せなくなるような場所が存在します。これを「事象の地平線」といいます。事象の地平線の中からの光は私たちに届くことはありません。ですのでブラックホールの写真を撮るとブラックホールに落ちて行くプラズマガスの光の中に事象の地平線の存在による黒い影がみえると言われています。私たちの最終目標はミリ波・サブミリ波VLBIの解像度の良さを生かしてこのブラックホールの黒い影の直接撮像から事象の地平線の存在を確かめることです。そのため、このように名前がつけられました。

 ※2 図1中の望遠鏡の正式名称
SMA Submillimeter Array JCMT James Clerk Maxwell Telescope
CSO Caltech Submillimeter Observatory CARMA Combined Array for Research 
in Millimeter-wave Astronomy 
SMT/ARO Submillimeter Telescope
/ Arizona Radio Observatory
LMT Large Millimeter Telescope
ASTE Atacama Submillimeter Telescope Experiment APEX Atacama Pathnder Experimen
ALMA Atacama Large Millimeter/submillimeter Array SPT South Pole Telescope
PdBI Plateau de Bure Interferometer IRAM Institut de Radioastronomie Millimetrique
GLT Greenland Telescope