国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」は、楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホールの新しい詳細な画像を公開し、ブラックホール付近の偏光パターンが変化する動的な様子を明らかにしました。さらに、研究者たちはEHTの観測に基づき、ブラックホール・シャドウの周りのリング構造に接続するジェットの根元の兆候を初めて発見しました。 欧州の天文学専門誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジクス』に9月16日付けで掲載されたこれらの研究成果は、ブラックホールを取り巻く極限環境で物質とエネルギーがどのように振る舞うかについての新たな知見を提供するものです。
EHTが撮影したM87ブラックホールの偏光画像。画像上の白い筋は偏光の方向を表し、その方向はブラックホール周辺の磁場の向きと関係している。左から、2017年4月11日、2018年4月21日、2021年4月18日の画像。偏光の様子が3年の間に時間とともに変化し、2017年と2021年では偏光の向きが反転している様子が捉えられている。 (クレジット:EHT Collaboration)
地球から約5,500万光年離れたM87には、太陽質量の60億倍以上の巨大ブラックホールが存在します。地球サイズの電波望遠鏡の観測網であるEHTは、2019年にM87のブラックホール・シャドウの写真を初めて公開し、2021年には偏光の検出にも成功しました。その後研究者たちは、 2017 年、2018 年、2021 年の観測データを比較してブラックホール付近の磁場の時間変化を明らかにするという次のステップに挑みました。
「注目すべきは、リングのサイズが長年にわたって一定に保たれ、アインシュタインの理論によって予測されるブラックホール・シャドウが改めて確認された一方で、偏光パターンが大きく変化していることです」とハーバード・スミソニアン天体物理学センターの天文学者で本プロジェクト代表の1人であるポール・ティーデ氏は述べています。「事象の地平面付近で渦巻く磁化されたプラズマは静止しているわけではなく、それはきわめてダイナミックかつ複雑であり、その振る舞いは私たちに新たな課題を突きつけるものです。」
また、プロジェクトの共同リーダーでラドバウド大学ナイメーヘンの助教授であり、EHT科学理事会のメンバーであるミハエル・ヤンセン氏は次のように述べています。「私たちは毎年、望遠鏡の追加や機器のアップグレード、科学的探査のための新しいアイデア、データをさらに活用するための新しいアルゴリズムなどの改良を行っています。今回の研究では、これらすべての要因がうまく組み合わさることで、新しい研究結果とともに新しい謎も見つかりました。これにより、間違いなく私たちは今後何年も忙しくなるでしょう。」
2017年から2021年にかけて、ブラックホール近傍の偏光の向きは反転しています。2017年、磁場は一方向に螺旋状に分布しており、2018年までは比較的安定していました。ところが2021年には分布は逆転し、逆方向の螺旋状に転換しました。見かけ上の偏光方向が変化したことは、ブラックホール近傍の磁場構造の変化と、外部のプラズマの影響で偏光角が回転するファラデー効果の組み合わせで説明できる可能性があります。このように偏光が時間変化する様子からは、激しい時間変動を持つ乱流が存在し、そこで磁場が周辺物質のブラックホールへの降着やエネルギーの解放に重要な役割を果たしていると示唆されます。
ティーデ氏は「2017年から2021年にかけて偏光が反転したという事実は、まったく予想外でした。これは私たちがこれまで予想していた理論モデルへの挑戦であり、事象の地平面付近でまだ理解できていないことがたくさんあることを示しています。」と説明しました。
重要なのは、2021年のEHT観測では、米国アリゾナ州のキットピーク望遠鏡およびフランスのNOEMA(ノエマ)という2つの新しい観測局が含まれており、EHTの感度と画像の鮮明さが向上したことです。これによりEHTの観測としては初めて、M87の相対論的ジェット(ブラックホールから細く絞られてほぼ光速で噴出する高エネルギー粒子のビーム)の噴出方向に制限をつけることができました。また、グリーンランド望遠鏡とハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡のアップグレードにより、2021年のデータ品質はさらに向上しました。
「データ較正の改善により、観測網の性能とデータの品質が著しく向上し、NOEMAとIRAM 30m望遠鏡(ともに欧州)の間、キットピークとSMT(ともにアリゾナ州)の間の新しい短基線が設けられ、微弱なジェットの根元からの放射に関する制限を得ることができました」と、このプロジェクトのデータ較正で活躍したマックスプランク電波天文学研究所のポスドク研究員であるセバスティアーノ・D・フォン・フェレンバーグ氏は述べています。「この飛躍的な感度の向上により、微弱な偏光を検出する能力も強化されます。」
M87 のような銀河の中心核から噴出するジェットは、銀河内の星形成率にも影響を与え、広大な空間へエネルギーを放出することで、銀河の進化においても重要な役割を果たしていると考えられています。電波からガンマ線やさらにはニュートリノを含む様々な放射をすると考えられる M87 のジェットは、この壮大な宇宙現象がどのように生まれ、ブラックホール近傍から銀河の果てまで到達するのかを解明するための唯一無二の実験室となっています。今回のジェットの根元の兆候の検出は、ブラックホールの謎を解くパズルの重要なピースを提供します。
EHTメンバーの森山小太郎氏(アンダルシア天体物理学研究所・ポスドク研究員)は次のように述べています。「これらの多年にわたる画像は、宇宙で最も極限的な環境のひとつに対する我々の理解を飛躍的に深め、その先に広がる未踏の物理を解き明かすための強力な手がかりを与えるものです。それはアインシュタインの予測を改めて裏付けると同時に、巨大ブラックホール近傍の磁場やジェット形成の鍵となる現象に関する新たな予期せぬ複雑性を提示しています。さらに、今回の新たな観測局の参加によってEHTの観測能力はかつてない水準に到達しており、ブラックホール近傍のジェットダイナミクス解明という重要なテーマを切り開く革新的な研究へとつながっていきます。」
EHTがさらに観測能力を向上し続ける中、今回の結果は、M87ブラックホールを取り巻くダイナミックな環境を明らかにし、今後のブラックホール物理学に対する理解を深めるものです。
本研究成果は、2025年9月16日付で、欧州の天文学専門誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジクス』に掲載されました。
論文タイトル:"Horizon-scale variability of M87* from 2017–2021 EHT observations"
DOI:https://www.aanda.org/10.1051/0004-6361/202555855
関連ページ
・EHT Web リリース(英語)