小惑星で地震は起きる?〜はやぶさ2の観測から分かったこと〜

「はやぶさ2の人工クレーター形成実験での地震動で表面の岩は大きく動くのではなかろうか…」

2019年3月、当時パリ地球物理研究所に短期留学中であった筆者は「はやぶさ2」の衝突装置(SCI: Small Carry-on Impactor)において生じる地震動を数値シミュレーションで予想していました。これまでイトカワをはじめ小惑星上では表面物質が移動したとみられる様々な証拠が見つかっており、その原因として隕石が衝突して生じる地震動が有力な候補として考えられています。これまでの研究ではたった10グラムの隕石が衝突しても地震動が小惑星表面全体に影響をもたらすとされており、2キログラムもあるSCIを衝突させたらリュウグウでも大きな地震動が引き起こされるのではないかと考えられてきました。実はSCIで生じる単位体積あたりの地震エネルギーの予想値を地球体積に換算すると、2011年の東日本大震災を引き起こした「東北地方太平洋沖地震」に匹敵します。そのため実際に数値シミュレーションをしてみると、SCI実験でクレーター周囲の岩塊を数メートル以上動かす地震動が生じるという結果が出てきました。

それほどに大きな地震動が起きるなら、SCI前後のカメラ画像を比較すれば岩塊の大きな動きが見えそうです。そう期待に胸を膨らませて2019年4月のSCI実験を迎えました。SCI実験は無事成功し、リュウグウには直径約17メートルの人工クレーターが形成されました。しかし…

図1

人工クレーター周辺画像(左:SCI前、右:SCI後)、
クレジット: JAXA、東京大、 高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大、産総研

 

SCI前後画像を比較してみると、クレーターから出てきた岩塊やクレーター内部での岩塊の動きは見えますが、元々クレーター外側にあった岩塊は大きく動いていません。この事前の見積もりとの違いを説明するため、筆者は色々なパラメータを大きく変化させ数値シミュレーションを行いました。その結果、予想との差はリュウグウの強度が非常に弱いことに起因するとわかってきました。

唐突ですがみなさん、その場で1 cmジャンプしてみて下さい。それをリュウグウで行うと、もうリュウグウには帰れなくなります。そのような微小重力下では粒子間にはたらく力は主に分子間力(ファンデルワールス力)となり、リュウグウの表層のもつ強度は非常に弱くなります。地震波が伝わるためにはその強度よりも小さい圧力の波にならなければなりません。そのため、大きな地震動が引き起こされなかったということになります。これまでの研究ではこれほど小さい強度の影響が考慮できておらず、これが予想との差を生んだ原因でした。

これを踏まえて、さらに小惑星においてどのように地震波が伝搬しているかを考えてみます。これまでリュウグウやベンヌといった小惑星において、岩塊の上に岩塊が乗った構造が見つかってきました。このような岩塊は地球上でも見つかっており、大きな地震動を受けると転がり落ちるため、過去の地震活動を推定するために用いられています。小惑星でも同様の解析ができると考えてみます。

図2

小惑星ベンヌで見つかった岩塊の上の40センチ程度の岩塊(赤線)、クレジット:NASA / Goddard / University of Arizona

 

小惑星でこういった岩塊が生き残るには、大きな地震動を受ける頻度がクレーター形成によって岩塊が他の岩塊の上に飛ばされる頻度よりも低くなければなりません。様々なサイズの隕石が衝突する影響を考慮してそれぞれを見積もってみると、こういった岩塊が生き残るためにはリュウグウにおいて地震波が散乱される影響が非常に大きいということがわかりました。

小惑星や月の表層のように様々なサイズの岩や砂からできた物質では、粒子同士の境界面で地震波が様々な方向に反射されるという現象が起きます。これを散乱と呼び、この散乱の強さは粒子のサイズに大きく依存します。リュウグウの粒子の典型的なサイズは10センチほどもあり、月の砂よりも非常に大きいため散乱が強くなります。この影響によって地震エネルギーが遠くまで伝搬しにくく、リュウグウやベンヌでは岩塊の上に岩塊が乗った構造が維持されているということが示唆されました。

このようにリュウグウでは弱い強度と強い散乱のために地震動が頻繁には起きにくい環境であることがわかりました。一方、こういった岩塊の構造はイトカワでは見つかっていません。この原因としてはイトカワ内部に固い基盤岩があるために全体に地震エネルギーが伝わりやすい、もしくは最近大きく揺れるような地震動を経験したという可能性が考えられます。今後も火星の衛星フォボス・ダイモスに向かうMMXをはじめ、小天体の探査ミッションが続きますが、このように岩塊に乗った岩塊の存在が小天体の内部構造や過去の活動を示唆する指標として用いることができるかもしれません。

*研究成果は、Nishiyama et al., “Simulation of seismic wave propagation on asteroid Ryugu induced by the impact experiment of the Hayabusa2 mission: limited mass transport by low yield strength of porous regolith”として2020年12月に国際学術雑誌 Journal of Geophysical Research: Planetsにオンライン掲載されました。

(文責:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 修士2年 西山学)