国立天文台若手研究者奨励賞受賞にあたって(前編)

2025-02-03

RISE所属の菊地翔太助教が、2024年度国立天文台若手研究者奨励賞を受賞しました。今回は一般の方向けということで、菊地助教にインタビューした内容を記事にしました。前編では、受賞した研究について解説しています。

写真1

写真1 2025年1月7日 授賞式(右:土居台長、左:菊地助教)

小天体環境での天体力学

--受賞された研究テーマと概要を教えてください。

 

研究テーマは「小天体近傍における強摂動軌道の力学」というものです。

まず、私の研究の背景にある大きな枠組みについてご説明します。私の研究分野は「天体力学」もしくは「軌道力学」というものです。これは、宇宙空間にある物体の運動を扱う学問で、特に天体による重力の作用によって物体がどう動くか?という問題を扱います。例えば、太陽の周りを回る天体の動きや、宇宙空間に放たれた探査機の動きを計算する学問です。天体力学の歴史はとても古く、高校物理で出てくるニュートンやケプラーの時代にまで遡ると、約400年の歴史がある古典的な学問です。

では、私の研究で何が新しいのかというと、「小天体近傍」と「強摂動軌道」というのがポイントで、小天体の周りで物体がどう動くか?ということを扱っています。小天体とは、リュウグウのような小惑星の他、彗星など惑星よりも小さい天体のことを指します。基本的な理論としては古典的な天体力学と同じなんですが、実はやってみると色々難しい点があります。

それには大きく分けると二つの理由があります。その一つは、小天体の重力が小さすぎて外乱の影響を強く受けるということです。具体的には、一番大きい外乱が太陽光圧、光が当たる面が光によって押されるという効果ですね。光の圧力は普段我々が生活している中で感じることがないくらいとても弱い力です。ところが、小惑星のように重力が非常に弱い環境では、その影響がすごく大きく効いてくる。例えば、小惑星探査機はやぶさ2が滞在した高度だと、リュウグウの重力と太陽光圧がほとんど同じくらいの大きさになります。

もう一つの理由は、小天体の重力が不均一だということです。小天体は重力が小さいので、惑星や月と違って自分自身の重力で綺麗なまんまるになれないんです。例えば、リュウグウやイトカワは、自分の重力が小さいのでいびつな形のままになっています。形がいびつだと質量の集まりにもかたよりが生じます。そうすると、重力が空間的に不均一に作用するのです。この二つの理由で、小天体の周りではものが非常に複雑な動きをします(図1)。

なお、タイトルに入れている「摂動」というのは、軌道のずれのことです。例えば、地球の周りの人工衛星だったら、おおよそ最初に描いた軌道を常に描き続けますが、小惑星の周りにいる探査機の場合は、簡単に小惑星におちたり、飛び去っていったりしてしまう。そういうずれのことを摂動と呼びます。

というわけで、ベースとしての万有引力の法則はシンプルですが、そこに太陽光圧や不均一な重力という要素が加わると、軌道運動が複雑になるというところがポイントです。

図1

図1 小天体の周りで物体がどう動くか?

 

手計算で解く、数値的に解く

--関わる要素が増えて式が解けなくなってしまうという様なイメージでしょうか?

 

そうですね。例えば、地球の周りの人工衛星の動き、というシンプルな設定では、軌道がどういう形になるかというのは解けるんです。つまり軌道の形が数式で表せる。しかし、小惑星の周りだと、いわゆる手計算では原理的に解けません。その場合、数値シミュレーションと言って、コンピュータ上で計算する、というアプローチが有効になります。ただ、そうは言っても、できることであれば軌道そのものを原理的に理解したいんです。そのため、もとの数式に数学的な近似を施したりすると、厳密ではないのだけれどかなり近い答えを、手計算で解くことができる場合もあります。そういう解を探すというのも私の研究で目指していることの一つです。

写真2

 

写真2 菊地助教 受賞者スピーチ

基礎と応用、理学と工学を横断して

--菊地さんの研究フィールドは、探査機と小天体との関係などがメインだったのですか?

 

一番の目的はそうですね。ただ、まずは一般的な理論そのものを作るための基礎的な研究をやっています。これは一般的な理論を作ってしまえば、極端に言うと、それをいかなる状況にも適用できるからです。そして、それを個別のミッション、例えば、はやぶさ2に適用しています。具体的には、はやぶさ2の着陸軌道設計やターゲットマーカー(着陸の目印となる球状の反射物)の投下軌道検討などをしました。それ以外にもリュウグウから舞い上がったダストの軌道についても研究しています。

今言ったような、はやぶさ2探査に向けた軌道計算は、どちらかというと工学的な側面だと思います。もう一つ、天体力学をうまく使うと天体そのものの性質がわかるという側面があります。はやぶさ2の例だと、リュウグウの重力で探査機の動きが決まるので、逆に探査機の動きを見てあげるとリュウグウの重力がわかる。天体の重さとか密度とか、中身が均質なのか不均質なのかといったことは写真を撮っただけではわかりません。それらを知るための有力なアプローチの一つが、天体の周りを動く物体の動きを見てあげることです。これは、どちらかというと、理学的な側面ですね。

 

--そういえば、菊地さんは工学部のご出身なんですね。もともと工学的な視点で研究されていたのが、理学方面に視野を広げていかれたということでしょうか?

 

そうですね。工学部出身なので、周りの人には天文台に行ったと言うと驚かれたりすることもあるんですけど、目的が違うだけでベースの理論は同じなんです。

大学院時代の研究室が、所属は東京大学ですがJAXA宇宙科学研究所(宇宙研)に部屋があるという特殊なところでした。指導教授は、はやぶさ初号機のプロジェクトマネージャーを務められていた川口先生です。博士課程を修了した直後に、ちょうどはやぶさ2がリュウグウに到着するタイミングだった(2018年6月)ので、はやぶさ2がリュウグウを探査している間は宇宙研でポスドクとして研究していました。修士と博士の5年間はどちらかというと基礎的な理論研究をしていましたが、ポスドクでは理論を応用してはやぶさ2の着陸軌道の設計などを行っていました。また、観測がうまくいくと画像とかLIDAR(レーザ高度計)のデータが取れるわけですが、それらのデータを使って、きちんと計算した通りに探査機が飛んだかという答え合わせの研究もやりました。その後、天文台に来る前に千葉工業大学にも一年ちょっと在籍して、小惑星周辺でのダストの動きを研究していました。そのあたりから理学的な研究にも取り組んでいます。

「小天体近傍の強摂動軌道の力学」という大枠のテーマの中に、理論研究だったりはやぶさ2への応用だったりいろいろなバリエーションが含まれているというイメージですね。

(後編に続く)

 

(取材日:2024年11月11日/撮影日:2025年1月7日/取材・写真:髙橋 信一)