今も続くスマトラ島西方沖地震による地球自由振動

 


   スマトラ島西方沖地震による地球自由振動

       スマトラ島西方沖地震による地球自由振動

スマトラ島沖の大地震
 2004年の暮れ、12月26日00時58分頃(世界標準時)、M9.0の巨大地震がスマ
トラ島西方沖で発生した(位置:北緯3.307゜、東経95.947゜、深さ約30 km)。
新聞などの報道によると、この地震で発生した津波はインド洋の沿岸各地を襲
い、高いところで30mほどにも達し、津波による犠牲者は20万人を越すとも言
われている(1月18日現在)。自然災害としては、未曾有の被害である。この
規模の地震は、1960年5月に発生し、日本の三陸沿岸にも大きな津波被害をも
たらしたチリ地震(M9.5)に次ぐもので、100年に2、3度起きるかどうかとい
う大きな地震であった。

   震源地

              震源地

 一方、この地震は、高精度な観測機器が世界的に展開されて以後、初めて起
こったM9クラスの巨大地震であった。国立天文台は、高感度な重力計(超伝導
重力計)を主要観測機器とする国際観測プロジェクト"GGP(Global Geodynamics
Project)"に参加し、岩手県にある江刺地球潮汐観測施設、東京大学宇宙線研
究所・神岡観測施設、北極域にあるニーオルセン、オーストラリアのキャンベ
ラにおいて観測を行っている。スマトラ地震の巨大さは、この地震で励起され
た地球自由振動がこれらの重力計で地震発生後2週間以上も観測されていたこ
とでもわかる。また、江刺地球潮汐観測施設の観測坑に設置されている水晶管
伸縮計でも地球自由振動が明瞭に観測された。
 地球自由振動は、主に大きな地震(断層運動)が発生した時に起きる地球の
振動で、その周期は数分から1時間の範囲にある。小さな鈴はチーンと、大き
なつり鐘がゴーンと鳴るように、鐘の音は、主に物の大きさに関係した音程と、
材質に関係した音色、そして叩く力の大きさで決まる振幅で特徴づけられる。
スイカの良し悪しを叩いて見分けるのも、音が内部の熟度を反映しているから
である。地球も大きな鐘のようなもので、地球が出す超々低周波の振動を観測
データから調べることで、その内部構造(地球内部での硬い物質、柔らかい物
質、密度の分布状態)を詳しく調べることができる。

スマトラ島西方沖地震による地球自由振動

図1:スマトラ西方沖地震で励起された地球自由振動(左の図)とペルー南部
  地震で励起された振動(右の図)の比較。周期5.000秒(0.2mHz)から周
  期約1.429秒(0.7mHz)の帯域でくらべたもので、いずれも、オーストラ
  リア・キャンベラに設置している超伝導重力計で観測された。スマトラ西
  方沖地震で励起された地球自由振動がいかに大きいかがわかる。

振動する地球
 今回の地震の特徴は、長い周期の地球自由振動も大きな振幅で励起された点
である。図1に見るように、2001年6月23日20時30分頃(世界標準時)にペルー
南部に発生したM7.9の地震による地球自由振動のスペクトラムとくらべても、
今回のスマトラ沖の地震がいかに大きかったかがわかる。図で0S2などの記号
は、地球自由振動の揺れ方(モード)を表している(図2参照)。

   地球自由振動による半径方向の振動の例

      図2:地球自由振動による半径方向の振動の例。

 超伝導重力計の特徴に、高い感度と長期安定性があげられる。とくに、周期
1,000秒以上の長周期帯では、世界に広く分布している通常の地震計より高い
信号対ノイズ比での観測が可能である。それは、0S0モード(図2の右に示した、
地球が半径方向に一様に伸び縮みするモード)が、かつてなかったほどの長期
間に渡って観測できたことがそれを示している。

   地球自由振動

図3:キャンベラの超伝導重力計で観測されている、地球自由振動0S0モードの
  減衰のようす。

 図3は、キャンベラの超伝導重力計で観測された地震発生後の毎日の振幅変
化をプロットしたもので、空色の点線は観測のノイズレベルを表している。ち
なみに0.3×10-9ms-2の重力変化は、この波による地面変位の振幅に換算する
と約10μmに相当する。図で示した観測限界には、地震がなくとも地球自由振
動が励起される地球自由振動の常時励起(国立天文台ニュースNo.63、1998年
参照)の現象も、このレベルを規定する一つの要因になっている。
 当初(地震発生後20日間)の解析から、80日ごろまでは減衰の状態が観測で
きると予想していたが、図3から、90日まで確実に振動を捉えていることが分
かる。また、2004年12月26日の最初の地震で励起された0S0が、2005年3月28日
(世界時)に同地域で発生したM8.7の地震で新たに励起された0S0でリセット
されたことが分かる。一方、マグニチュードの単純な差から予想される励起振
幅の比に較べ、2004年12月の地震で励起された振幅が、たいへんに大きいこと
は注目される。
 国際GGPには20以上の観測点が参加している。新たに、台湾、韓国が参加す
る予定である。現在、我々のデータも含む、世界の超伝導重力計デ-夕がGGP
ホームページで公開されている。これらのデータの解析も行っている。その目
的の一つは0S0の振幅の空間分布を調べることである。形状、内部構造を含めた球
対称地球では、どの観測点でも振幅が同じはずで、それからのズレは即ち地球
の球対称性からのズレの効果を表していると考えられる。超伝導重力計による
観測では、絶対重力計を使って感度の検定が精密に行われており、この種の研
究にその成果が生かされる。今回の地震データから、0S0をはじめ、その他の
低周波モードについても、今までにない高い精度で固有モードの振幅、周期、
減衰定数が議論できることは間違いない。
 最後に、国立天文台GGPグループでは、地球の流体核が起こすと考えられて
いる3〜6時間周期の振動の検出をめざしている。これが観測されると、地球流
体核の密度構造についての我々の知識が飛躍的に改善でき、世界各国で検出が
試みられている。しかし、まだ確たる検出事例がない。それは、この振動の振
幅が非常に小さいことがあげられるが、今回のスマトラの地震では低い周波数
の自由振動も大きな振幅で励起されており、国内外で展開している観測網のデ
ータの解析から、世界で始めてこの振動を検出できるのではと、鋭意、解析を
進めている。2004年10月、神岡で超伝導重力計観測を立ち上げた。東隣の松代
超伝導重力計観測と比較することで、検出確度を上げることがその目的である。

    「国立天文台ニュ−ス No.141より転載」<水沢観測所 佐藤忠弘>