JARE39の南極VLBI実験
       の成果と測地学的意義

 

1.はじめに
 「氷に閉ざされた大陸」、この世界最大の氷床に覆われた南極大陸にて、地
球科学は、大陸の形状や発達過程、氷床下の地殻活動、氷と大地の相互作用を
研究テーマとする。しかし、露岩地帯が大陸全体の3%程しか無いこと、そして、
何よりも厳しい自然環境故に、まだ多くのことが厚い氷の下に隠された状態で
残されている。
 近年、宇宙測地観測局が南極大陸へ展開され、南極プレートの運動、プレー
ト内部変形、Post Glacial Rebound 等の解明へ向けて、測地成果を出し始めて
いる。この宇宙測地観測の基準局として開局した昭和VLBI局の1年目の成果が、
本研究の内容である。

2.昭和基地とVLBI実験の測地学的意義
 1997年12月に、第39次日本南極観測隊(JARE39)はこの昭和基地に降り立った。
この観測隊地学部門における大計画の一つが南極VLBI実験の開始である。
 過去、昭和基地が参加したVLBI実験は、1990年1月に通信総合研究所と国立
極地研究所によって行われている。この実験以降、本計画による定常観測が開
始されるまでに8年の年月が費やされた。筆者は1996年秋からこの計画に参入し、
地学越冬隊員として、VLBI観測システムの構築、南極昭和基地での定常観測運
用、日本に帰ってからの解析システムの構築を担当した。
 昭和基地は東オングル島と呼ばれる露岩地帯に建設された日本の南極観測施
設である。現在、この基地では世界で活躍している複数の宇宙測地観測局(GPS、
DORIS、PRARE、InSAR、VLBI)が定常観測を実施しており、南極の測地観測施設
としては最大規模を誇る。
 これら宇宙測地技術の中で、VLBIは唯一、自然の電波源を観測に用いる。そ
して、計測の特徴は天球座標系と地球座標系を直接的且つ幾何学的にリンクす
ることであり、計測される測地情報は他の測地及び地球物理観測に対する基準
に相応する。それ故に、現在、VLBI実験は天体や地球の国際基準系構築を目的
として行われている。なお、昭和VLBI局には、最南端のVLBI観測局として、基
準座標系の構築に対する大きな貢献が期待されている。

3.三つの「新」とその成果
 今回開始した南極VLBI実験には三つの新しい点があり、これらが本研究の成
果となる。
 一つ目は、VLBI測地定常観測システムを構築し、越冬中の観測を開始したこ
とである。我々39次隊はVLBI観測機器を昭和基地に搬入した。中身は水素メー
ザー原子周波数標準2台を含むVLBI専用機器全てである。1998年1月から約1ヶ月
間の工程で、多目的衛星受信アンテナ(図1)や衛星受信棟内(図2)等の昭和基地
施設内にて観測機器の立ち上げと安定化、動作チェックを行い、2月の始めに
は標準的な測地VLBI観測を行う体制を整えた。また、越冬中に動作状況を確認
し、観測運用マニュアルを作成した。翌年、運用は次の隊に引き継がれ、2001
年現在もVLBI観測は続いている。
 二つ目は、世界で初めてK4-S2という異機種記録装置間での測地実験を行った
ことである。本実験の参加局は Hobart(オーストラリア)、HartRAO(南アフリ
カ)と昭和の3局を基本としている。この内、Hobart と HartRAO は S2、昭和
は K4‐VSOP を用いる。この二つの記録装置間にはデータ形式の互換性が無い。
この二つのデータ間での相関処理のために、S2 形式から K4‐VSOP 形式への
データコピーを可能とする三鷹相関局が採用され、南極実験データからフリン
ジが無事に検出された。
 三つ目は三鷹相関局の相関器の出力を用いて始めて測地実験の解析を行った
ことである。三鷹相関局の FX 相関器は、本研究より前に測地データの処理を
した経験が無かった。今回の計画をもって、測地解析システムを新規に整備し
た。主に開発した項目は二つである。一つは測地用群遅延推定。測地解析が行
えるよう、相関器の出力について調査し、三鷹相関局には相関データについて
本解析用に幾つか特別仕様にしていただいた。二つ目は観測網の基準時刻局移
動に伴う補正である。この二つのツールを中心として、測地解析に用いるデー
タの作成を行うソフトウェアを作成した。

 レドーム

   図1:昭和基地の多目的衛星受信アンテナが入っているレドーム。


 VLBIブース

 図2:衛星受信棟内のVLBIブース。観測開始直前に機器チェック中の筆者

4.観測と測地解析の結果
 1998年の実験は4回(2,5,8,11月)行われたが、測地解析を行うに充分な遅延
時間データが集まった実験は11月だけであった。原因は、空気が低湿度の昭和
基地では、空気中の挨や磁気テープの粉がレコーダーのヘッドを汚し易く、記
録エラーが頻繁に発生したためである。また、アンテナ受信器室の温度低下も
受信感度を低下させた。
 昭和基地から日本に持ち帰った観測データから得られた遅延時間データから、
水沢観測センターの測地解推定ソフトウェアにて、昭和VLBI基準点の位置が得
られた。誤差は水平方向が 2cm、上下方向が 6cmである(図3)。
 今回のVLBI測地解と1990年の解、及び ITRF2000 に掲載されている昭和VLBI
基準点の座標とを合わせると、昭和基地VLBI局の移動に水平方向では南から北
に向かって、また上下方向では上昇の傾向が見受けられた。現在はVLBIの測地
成果が少なく、位置や速度の不確定性が大きい。しかし、今後、定常観測から
得られた測地解が増えていくにつれて、今回の移動傾向について真偽が明確に
なると期待される。
 なお、人工衛星測地から得られた昭和基地の水平方向の移動は SEE から NWW、
若しくは SE から NW である。また、上下方向の移動速度も各機器によって大
きく異なる。各宇宙測地観測点の移動成果が、それぞれについて現在の状態を
保持するか、それとも、VLBIと共に一定の方向に収束するかは、今度の大きな
課題である。また、相関器間比較等を行い、本解析ソフトウェアの信頼性を向
上させることも、重要な課題であり、今後、研究を続けていく予定である。

 昭和VLBI局の推定誤差楕円体

   図3:1998年11月のVLBI実験による昭和VLBI局の推定誤差楕円体

謝辞
 指導教官である国立天文台の真鍋盛二教授をはじめ、国立極地研究所の渋谷
和雄教授、森脇喜一教授、国立天文台の皆様、国立極地研究所の皆様、三鷹相
関局の皆様、横山紘一博士、通総研の高橋幸雄氏、栗原則幸氏、国上地理院の
福崎順洋氏、海上自衛隊砕氷艦「しらせ」のクルーの皆様、そして JARE39 の
皆様には、本研究の推進にあたり、多大なるご指導、ご協力を頂きました。こ
の場を借りて、お礼を述べさせていただきます。

「国立天文台ニュ−ス No.103より転載」
                <国立天文台科学研究員(甲)寺家孝明>