月周回衛星(SELENE)搭載用
      レーザ高度計(LALT)のPM開発

 

 月のグローバルな観測を行うことを目的として、2004年の夏に日本初の月周
回衛星(SELENE)がH-UAロケットにより種子島から打ち上げられます。この月
周回衛星は、宇宙開発事業団と宇宙科学研究所が共同で立ち上げる最初のミッ
ションです。この周回衛星内には合計7種類(XRS、GRS/CPS、LRS、LALT、LISM、
MAP、UPI)のセンサーが搭載され、さらに2基の小型衛星(RSATとVSTAR)を月
軌道上で切り離す予定となっています。この内、国立天文台が中心となって開
発しているのが、LALT(レーザ高度計)とVSTAR(VLBI衛星電波源)及びRSAT
(リレー衛星搭載中継器)です。これらは、現在、水沢地区で推進している
RISE計画の中核部分になっています。ここではSELENE衛星搭載観測機器の1つ
であるレーザ高度計について述べます。
 本格的な衛星搭載型のレーザ高度計の開発は、日本では最初であるため、衛
星に実装されるフライトモデル(FM)製作の前に、評価を行うためのプロトタ
イプモデル(PM)の開発を行いました。現在の状況は、完成したPMに対する各
種試験(振動、熱真空、EMC、衝撃、測距試験)の結果を踏まえて、FMの設計
に入る段階です。
 LALTは、月の高度100kmの極軌道を周回するSELENE衛星からパルスレーザを
発射し、月面からの反射パルスを検出し、両者の時間差を測定することで、月
面までの距離を計測するもので、搭載機器では数少ないアクティブセンサーの
一つになっています。1年間のミッション期間中に得られたデータは、月の表
面形状解析、月地形図の大幅な改良等に重要な役割を果たすことが期待されて
おります。
 LALTの開発は、1997年にその光源となる固体レーザの試作から出発しました。
試作したのは、レーザ媒質となるネオディウムYAG(Nd:YAG)のロッドの側面
を、8個の半導体レーザ(LD)で励起する方式のNd:YAGパルスレーザです。Qスイ
ッチ素子はポッケルスセルと波長板を使用しております。YAGロッドとLDで発
生する熱は、NECが開発したアルミ材によるロッド支持機構を兼ねたヒートシ
ンクを介して、外部放熱板へ逃がしています。レーザ発振部は独立熱制御によ
り恒温化する必要があるため、外部熱入力の少ない状況下では内部のヒータを
動作させます。主な仕様は、発振波長1064nm、パルス幅15ns、パルスエネルギ
ー100mJ、ビーム拡がり角3mradです。
 Nd:YAGレーザからの出力光は、10倍の送信望遠鏡(口径75mm)と90度ミラー
を介し0.3mradのビーム拡がり角を持って、100km直下の月面上に1秒周期で照
射されます。このため月面上でのフットプリントは約30mとなります。一方、
月面からの反射光は、90度ミラーを介して口径110mm、焦点距離300mmのカセグ
レン型反射望遠鏡で受けます。光電検出素子はSi-APDです。月面までの距離
(高度)は、パルスレーザ発射時刻と反射光検出時刻との時間差から求めます。
距離測定精度は5m以内です。1年間のミッションで月面上の計測点間は、赤道
付近で最大3km(平均700m)、極域では最大300m(平均100m)程度となります。
これはクレメンタイン衛星でのデータ量に対し、2桁以上も上回る画期的なも
のです。
 LALT装置は、LALT-TRとLALT-Eの2つの部分で構成されています。この内LALT-
TRは、主要光学部分(レーザ発振部、ミラー部、望遠鏡部、受光部)を格納し
て、衛星構体外面月面側に取り付いています。一方、LALT-Eには、低圧電源や
インターフェース制御部と計算機があり、衛星構体内に設置されます。

 LALT-TR

          カバーを外した状態のLALT-TR部

 上の写真は、カバーを外した状態のLALT-TR部です。この写真では上方が月
面方向になります。LALT-TRの主要光学部分は、光学定盤に取り付いています。
この光学定盤は、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)パネルとアルミハニカム構
造体で出来ていて、キネマティックマウントと称する一種の柔構造の角柱を介
してアルミベースの上に取り付きます。こうすることにより、衛星構体の歪み
が直接、光学定盤に影響を与えることが無くなり、安定したレーザ発振を持続
させることが可能となります。アルミベースは、断熱スペーサを介して衛星側
構体表面に取り付きます。アルミベース上には、レーザ関係の高圧電源ユニッ
トやタイムインターバルカウンター等が配置されます。このようにLALT-TRは、
アルミベースと光学定盤をそれぞれ床とした、2階建て構造となっています。
配分された全体質量(17.1kg)に納めるため、光学定盤の他にも、望遠鏡とカ
バーはCFRP材を使用したり、アルミベースでは極限まで肉抜きするなど涙ぐま
しい減量努力をしています。
 セレーネ周回衛星本体は、高さ4.8m、縦、横2.1mの大きさで、これに磁気セ
ンサー取付マスト、太陽電池パネルやレーダサウンダーのアンテナ等の突起物
を含めると、最大外形寸法は約30m×24mにもなります。また、打ち上げ時の全
質量は2885Kgという大きなものです。衛星は直径約4m、高さ12mの弾頭状の衛
星フェアリング内部に格納され、巨大なHIIAロケットの先端部に取り付けられ
ます。衛星全体から見ると、LALTはその内のほんの僅かな部分であることが分
かります。しかし、衛星内のバスに組み込まれる1つの観測機器として、LALT
の開発には、多くの衛星関係者との調整と衛星技術の理解が必要となります。
 水沢地区では衛星搭載機器の開発経験がなく、さらに主担当メーカである日
本電気府中事業場のレーザ技術部でもロケット搭載機器の経験はあるものの、
宇宙機器には実績がないという状態で、宇宙開発事業団や宇宙科学研究所の、
いわゆる専業の皆さんに混じって、慣れない宇宙ものを手掛けるという事は、
結構しんどく戸惑いの連続でした。業界用語(例えばAPID、CCSDS、HK、IICD、
MLI、OBC、PDR、TACS、1553Bなど)が飛び交う会議に出席し、略語をちりばめ
た(としか思えない)仕様書を見ると、無力感にさいなまれる日々が続きまし
た。と言うより、今も状況はあまり変わっていない、と言った方が正しいかも
しれません。これまで水沢で行ってきた経緯度や地殻変動の観測機器開発では
考えられない様な、過酷とも暴力的とも思える振動試験や熱試験に立ち合うこ
とで、衛星搭載機器開発現場とこれまでの違いを肌で感じ取りました。

      LALT-TR振動試験

          振動試験(Z軸)中のLALT-TR


      LALT-TR測距試験

              測距試験風景

 多くの関係者のご努力により、PMの完成という節目を何とか迎えることがで
きた現在、PMの試験結果をFM設計にどう反映させればよいか、等の方策も立て
られるようになり、少しは先が見えてきた感じも致します。3年後に種子島か
ら打ち上げられるセレーネ衛星が、無事、月周回軌道上に投入され、他の観測
機器と一緒にLALTのデータも地上に送られてくる日を楽しみにしております。

   「国立天文台ニュ−ス No.95より転載」<水沢観測センター 坪川恒也>