相対VLBIとドップラ計測を用いた
      宇宙飛翔体の精密3次元位置決定に関する研究

 

 太陽系の力学進化あるいは起源の解明には、地球に最も近い天体である月の
運動や内部構造の詳細な研究がアプローチの方法の一つとして考えられる。そ
して探査機の軌道変化から月の重力場、物理秤動を求めることは有力な観測手
段である。
 これまでの月周回衛星の位置は距離およびドップラ(距離変化率)観測によ
って決定されてきた。これらの観測は視線方向のみに感度を持ち、視線に垂直
な方向の位置決定精度が悪い。最新の月周回衛星ルナプロスペクタでも、視線
方向2m、視線に垂直方向で20m程度の精度でしか決定されていない。そこでド
ップラ観測と直交する成分に感度を持つ相対VLBI組み合わせることによって
1次元の観測から一挙に3次元観測による位置決定が可能になる。
 VLBIを用いた位置決定の精度向上のための研究では、Multi-frequency VLBI
といわれる複数の周波数の搬送波を発信する衛星搭載電波源からの電波を地上
でVLBI観測し、その搬送波の位相の2π不確定を取り除き、位相遅延から精密
に電波源の位置を求めるという全く新しいVLBIの開発において、VLBI電波源の
位相変動に始まり受信、相関処理、最終的に観測量である位相遅延の推定にい
たるまですべてをモデル化しそれぞれの評価を行い、Multi-frequency VLBIが
実現可能であることを示し、またMulti-frequency VLBIが成立するための、電
波源の周波数安定度、衛星予測値精度、電離層の擾乱の条件等を導いた。また
2005年打ち上げ予定の月周回衛星(SELENE)計画の中の測月学的手法により月
の起源・進化の解明を目指すRISE(Reserch In SElenodesy)計画のVRAD(Vlbi
RADio source)ミッションでMulti-frequency VLBIが実現されるが、その観測
・受信システムの開発(図1)、相関処理ソフトウェア開発も行い、さらには
その開発したシステムを用いてNASAの月周回衛星ルナプロスペクタのVLBI実験
観測を行い、そのデータ解析の結果、地上の2000kmの基線を用いた観測ではセ
ンチメータレベルでの衛星の位置決定が可能であることを示した。

  Multi-Frequency VLBI Recording system

       図1:Multi-Frequency VLBI Recording system

 一方SELENE計画でのドップラ計測はこれまでの月探査機のなかで最高精度で
ある距離変化率精度0.1mm/sでの計測を目指しており、より詳細な月惑星重力場
および月内部構造の研究を可能にする。そこで目標精度0.1mm/sを超える誤差要
因を検討し、観測されるドップラ周波数の中にアンテナの位相パタンと衛星の
スピンによる影響が誤差として含まれることを指摘し、実際に火星探査機のぞ
みの信号を宇宙科学研究所鹿児島宇宙センターで観測したドップラ観測データ
の中に、スピン周波数とその高調波の形でそれらを検出した。さらにその除去
方法の提案も行い、のぞみのデータからそれらの影響を完全に取り除くことが
できることを示した(図2)。

  のぞみのドップラ周波数

    図2:のぞみドップラ周波数
      (上:位相パタンの除去前、下:位相パタンの除去後)

 以上で示したVLBI装置とドップラのアンテナ位相パタン除去システムにより、
従来よりも飛躍的に高い精度での宇宙飛翔体の位置計測を可能にし、SELENEで
の観測によって、従来より高精度に月惑星重力場を推定し、次々と新しいサイ
エンスが切り開かれていくことが期待できる。また本システムをSELENEだけで
なく、他の探査機への応用を可能にするべく汎用化の面での改良も現在精力的
に行っている。
 本博士論文をまとめるにあたり、たくさんの方々のご協力をいただきました。
特に国立天文台の河野宣之教授、花田英夫助教授にはご指導と論文の細部にわ
たって適切なご助言をいただきました。また通信総合研究所の小山泰弘博士、
国土地理院の福崎順洋博士にはルナプロスペクタVLBI観測を遂行するにあたり
多大なるご協力をいただきました。この場を借りて、皆様にあらためて深謝い
たします。

「国立天文台ニュ−ス No.107より転載」
              <地球回転研究系 非常勤研究員 河野裕介>