光結合型VLBI観測で
        微弱天体の待ち受け受信に成功

 

 これまでのVLBI(超長期線電波干渉計)観測では、遠く離れた電波望遠鏡の観
測データをいったん磁気テープに記録し相関処理局に輸送してデータ処理を行
っていました。このため、
 (1)観測者は実時間で観測結果をモニタできない。
 (2)観測中に相関処理が行えないために突発的な天体現象に対応できない。
 (3)観測情報量が磁気記録速度の上限で制約され、観測感度の向上が困難。
 (4)観測時間が磁気テープの巻数で制約される。このため、長時間のモニタ
   観測が困難。
などの問題がありました。特に上記(1)では、24時間の連続観測を行い相関局
でデータを再生してみたら、全くでたらめなデータが記録されていて観測者は
がっかり、などということがありました。また、(2)から(4)までは、直接天文
観測に影響を及ぼす重大な欠陥でした。
 「VLBI観測には水素メーザ型原子時計と広帯域磁気記録装置は不可欠」という
のが長い間の「常識」でしたが、この常識を打破して、上記欠陥を克服すべく、
国立天文台、宇宙科学研究所、通信総合研究所、NTT研究所の共同研究により
1996年から「光結合型VLBI」の研究開発を進めてきました。光結合型VLBIでは、
観測データを超高速光ファイバ通信回線で直接相関処理装置に伝送し、実時間
で合成処理(相関処理)を行うもので、いわば通常の電波干渉計のVLBI版と言え
るでしょう。1998年には、「バラックセット」で臼田64mの観測データと鹿島34m
の観測データを通信総合研究所小金井の相関処理装置に実時間伝送し、世界で
初めて200km以上離れた電波望遠鏡を実時間で合成することに成功しました。
この結果は朝日新聞の科学欄に掲載されましたが(1998年12月12日付)、記者の
立ち会いのもとで行った最初の試験観測の時に、奇しくも激変星HR1099が電波
バーストを起こし、観測計画をその場で変更してこの星の観測を継続する、と
いうことがありました。まさしく、冒頭の欠陥(2)を克服することができたの
です。ただし、このときの観測速度は毎秒256メガビットで、当時の磁気記録
装置でも対応できる速度でしかありませんでした。冒頭の欠陥(3)はまだ克服
できませんでした。通信回線は毎秒2ギガビットまで伝送できるにもかかわら
ず、ギガビットのデータを取得するサンプリング装置や相関器が当時なかった
ためです。そこで、1999年からギガビット観測装置の開発をVERA計画と連携さ
せながらすすめ、2002年に完成させました。2002年には、国立情報学研究所が
進めるスーパーSINETが国立天文台(三鷹)、高エネルギー加速器研究機構(筑波)
、核融合科学研究所(土岐)などに開設され、毎秒4ギガビットもの超高速双方
向光データ伝送が可能になりました。そこで、2002年10月から2003年4月まで
ギガビット光結合型VLBIの試験観測を行い、冒頭の欠陥(3)(4)も完全に克服す
ることに成功しました。
 宇宙科学研究所臼田64mの観測データ、4ギガビット毎秒のうち半分はNTT研
究所との共同研究実験回線を介して三鷹まで2ギガビット毎秒の速度で伝送し、
つくば市の国土地地理院つくばVLBI観測局32m電波望遠鏡で取得された4ギガビ
ット毎秒の観測データは高エネルギー加速器研究機構のスーパーサイネットノ
ードを経て全て国立天文台三鷹まで伝送されます。つくば32mの観測データの
うち半分は三鷹局で相関処理され、残り半分は三鷹から臼田への双方向通信回
線の片側を利用して臼田局に伝送し、臼田局において相関処理することになっ
ています。この観測網を図1に示します。

   光結合VLBI観測網

          図1:光結合型VLBI観測網

 このように、光結合型VLBIでは分散型の相関処理も可能で、これまでの磁気
テープ型処理と異なり情報を1ヶ所に集中しなくても良く、臼田−三鷹間の実
験回線が2ギガビット1回線しかなくとも毎秒4ギガビットの観測が可能になり
ます。
 冒頭の欠陥(4)は、磁気テープ巻数の制約でしたが、この制約と同じように
厳しい制約に「望遠鏡時間」があります。望遠鏡時間を確保するために観測家
は大変に苦労します。特にVLBIでは、望遠鏡が設置された目的も運用組織も異
なる複数の望遠鏡を「同じ時間帯で確保する」というのは大変困難です。そこ
で、我々が考えたのが光結合型VLBIによる「待ち受け観測」です。運用組織や
運用目的に違いがあっても、「土曜日と日曜日はお休み」という望遠鏡は結構
あります。望遠鏡がお休みの時には、通常局毎に定められた「待機位置」に望
遠鏡は止まっています。しかし、この待機位置は必ずしも厳密なものでなく、
わずかにずらして頂くことは可能で、複数の望遠鏡を同一方向に指向させるこ
とができます。こうしますと、地球の1回転によって自動的に望遠鏡の指向方
向が変化し、同一赤緯の領域を全方位で観測でさます。昨年の11月から今年の
春にかけて、臼田64m鏡は主鏡面への積雪をさけるために仰角10゜に固定され
ていました。方位角はほぼ東の方向に向いていればよいので、観測する赤緯に
あわせて臼田64m鏡の方位角を定め、それに合わせて同一方向に向くようにつ
くば32m鏡の指向方向を定める。この設定を金曜日の終業時に行って頂くだけ
で、土曜日、日曜日は観測が可能になります。このような手法でほぼ毎土・日
曜日に試験観測を行いました。その結果、3C273bと同一赤緯帯にあるJ1220+02
03という微弱なコンパクト天体の検出に成功しました(下図)。

光結合VLBI待ち受け観測

    光結合型VLBIによる3C273b及びJ1220+0203待ち受け受信

 図の電波写真は、VLAサーベイの結果を合成したもので、下の左側の図は相
関窓の中で3C273bが通過したときのもの、右側はその通過の8分54秒前の相関
結果(1秒積分)です。赤経差に相当する時間差でJ1220+0203の通過が確認でき
ます。右側の図は左側の縦軸を10倍拡大してあります。詳しく調べてみるとこ
の光結合型干渉計はたった10秒の積分で80mJyという微弱な天体が検出できる
ことが分かりました。これは、臼田64m鏡、筑波32m鏡という大開口径望遠鏡の
大集光力と毎秒2ギガビットいう大容量データの取得により初めて可能になっ
たものです。冒頭の欠陥(3)(4)もこの手法によって克服されつつあります。
 今後は、1年間かけて赤緯1゜幅で全方位のサーベイ観測を行う予定です。こ
のサーベイでまだ知られていない暗くてコンパクトな天体が次々と発見される
ことを期待しています。また、こういったコンパクトな天体が宇宙全体でどれ
だけ存在するのかという疑問にも答えていきたいと考えています。また、スー
パーSINETを利用した観測網も岐阜大学(本年10月に開設予定)から山口大学へ、
更にVERA水沢観測所、入来観測所へと広げていきたいと考えています。皆様の
ご支援をお願いいたします。

           「国立天文台ニュ−ス No.121より転載」<川口則幸>