光学望遠鏡の撤去に思う

 

 ここに一枚の写真がある。VERA(天文広域精測望遠鏡)水沢局の建設に備え
て、緯度観測所時代以来地球回転観測に使われていた光学望遠鏡を撤去する前
に、なんらかの形で光学観測に携わってきたスタッフが写真天頂筒の観測室の
前で撮った記念写真である。消えて行くものへの惜別の念いはもちろんあろう
が、ここに集った人たちの貌は来るべきVERAへの期待に輝いているように見え
る。

  
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 水沢観測センタ−構内のVERA20mアンテナの建設予定位置は、現在の10mアン
テナの北東約30mの所である。そこから少し北に、北緯39°8′3″の緯度線があ
る。かつてこの線上には、この度撤去された光学望遠鏡群が並んでいた。最も
古いものは100年前に国際緯度観測事業のために設置された眼視天頂儀であり、
初代所長の木村榮先生がZ項を発見して水沢発の成果を世界に発信した由緒ある
望遠鏡である。1970年台の最盛期には、眼視天頂儀に加え浮遊天頂儀、写真天
頂筒、ダンジョン・アストロラーブが、毎晴天夜観測を行っていた。しかし
1980年台半ばに、光学望遠鏡はその歴史的役割を了え、それに代わって2桁以
上の精度改良を達成した電波干渉計やレーザー測距法が地球回転観測の新たな
手段となった。VERAは水沢にとって、国立天文台へ改組後10年にして実現した
待望の電波干渉計という訳である。
 話は変わるが、地球回転研究系は2000年5月から、ポツダムのGeoforschungs
Zentrum (GFZ:地球科学研究所とでも訳せようか)と新たな共同研究を立ち上
げることになった。GFZは、地球重力場とその時間変化の精密決定のための低
高度衛星CHAMP(Challenging Mini-Satellite Payload: Geopotential and
Atmospheric Research Mission)をNASAと協力して間もなく打ち上げる予定で
あり、水沢はそのための地上追跡局として協力することになった。一方、地球
回転研究系が世界でも中心的役割を担って推進している超伝導重力計の国際観
測網(GGP)は、国際測地学協会の決議によってCHAMPの地上支援観測網として
位置づけられていることもあり、この研究協力は水沢の学問に大きなインパク
トをもたらすと思っている。
 ポツダムの研究所(名称は現在のGFZに至るまで何度か変わっている)は、
測地学の分野で19世紀以来世界をリードしてきた研究所である。東西ドイツ統
一後は、現所長がミュンヘンから乗り込み宇宙技術を中心とした現代測地を立
ち上げ、急速に近代化した。日本との関係は深く、100年前に国際緯度観測事
業に水沢が一観測所として参加した時、最初の中央局として国際的な号令を発
したという輝かしい歴史を有しているし、水沢もその後力をつけ、二度中央局
を担当している。
 100年前来の知己である水沢とポツダムが、21世紀へ向けてそれぞれ独自の
研究分野を開拓しつつ、装い新たな研究協力を立ち上げようとしていることに
大きな喜びを感じる。両者がともに、自己変革のための大変な時期を経験して
きたことを思い併せれば感慨はなおさらである。新しい酒を盛るための、新し
い革袋が必要だったのだと実感している。

「国立天文台ニュ−ス No.86より転載」            <横山紘一>