VERA建設開始

 

 待望のVERA計画の建設がスタートしました。VERA計画は基線長2000kmにおよ
ぶ電波干渉計システムであり、VLBI(Very Long Baseline Interferometry)と
いう手法で観測します。アンテナは水沢観測センター、小笠原諸島父島、鹿児
島県入来、沖縄県石垣島に設置する計画ですが、そのうち水沢局、入来局、父
島局の建設予算が平成11年度の第2次補正予算で認められました。

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 VLBIでは複数のアンテナで受信した信号を磁気テープに記録して、それ相関
局に持ち寄って相関させてフリンジ(干渉縞)を検出します。そのためにアン
テナを地球上どこに置いても、さらには宇宙空間にも配置しても観測すること
ができます。その結果として、とても高い空間分解能を達成できるものです。
現在、最高の空間分解能は100マイクロ秒角に達しています。これは「すばる」
の1000倍以上の空間分解能になります。しかし観測誤差のために各フリンジの
絶対的な位相と強度は従来観測量としては使われず、代わってクロージャフェ
イズとかクロージャアンプリチュウドといった観測量を使って天体構造のマッ
プなどを得てきました。これは観測局の時計同期に誤差があったり、観測天体
から観測アンテナに至る上空大気の擾乱によってフリンジ位相や強度が直接的
な観測量として使用できないためでした。このために天体の絶対的な位置の情
報は得られずに、たとえばAGNのジェットとコアでどちらが動いたのかをはっ
きりと知ることはできませんでした。しかしVERAでは1つのアンテナから2つ
のビームを出すことによって近くにある参照電波源と観測する電波源の相対的
なフリンジ位相と強度を観測するシステムを作ります。これによって、いわば
フリンジそのものを観測量とすることができます。そうすると参照電波源を基
準として、天体の位置決定や観測局自身の位置決定の精度が従来のVLBI観測に
比べて100倍も向上することになり、最終的には10マイクロ秒角の精度を目的
にしています。一般的にいろいろな観測装置・システムの開発で、従来のもの
に比べて10倍の性能の向上を目指して開発します。それでも実際に10倍の性能
向上はたいへん難しいものです。しかしVERAではいっきに100倍もの性能向上
を目指しています。これは、従来大気の擾乱などによって観測されるフリンジ
位相に誤差を持っていたものを2ビームアンテナの採用により克服しようとい
うもので、参照電波源と観測電波源を同時に観測し、相互の観測量を引き算す
ることで種々の誤差を差し引くことができます。このことで位置天文の精度の
大幅な向上が期待でき、10マイクロ秒角の精度で位置を決定することを目指し
ています。これによって年周視差を用いて天体の距離を決めるというもっとも
単純な方法を用いて、我々の銀河系全域の天体の距離を10%以下の精度で決定
することができるようになります。もちろん近くの電波源に対してはさらに高
い精度で距離と位置を決定することができるようになります。これにより私た
ちの銀河系の全域で3次元的なマップを作成することができるようになります。
また銀河系は、私たちの太陽の場所で銀河の中心に対して220km/sもの高速で
回転していることがわかっていますが、いろいろな電波源の銀河内での運動を
固有運動として観測し、3次元的な運動の構造が解明されることが期待されま
す。これは銀河内の質量の分布に依存した運動を反映しているものと考えられ、
これは現代天文学の大きな謎であるダークマターの存在と存在場所が解るもの
と期待されます。
 さらに大気の擾乱やクロックの変動を克服することにより、フリンジ検出の
ための積分時間を大幅に長くすることができます。いままでのVLBI観測ではコ
ヒーレントに積分できる時間が22GHzでは条件の良いときで50秒程度であった
ために、観測可能な天体は活動銀河中心核やメーザー天体といった輝度温度が
108K以上の限られた天体のみでした。しかしVERAの出現により、観測できる天
体の種別が大幅に向上するものと期待されます。観測可能な天体の輝度温度は
106K台にまで下がるものと思われます。このことで従来観測対象にならなか
った天体についても上記の高い空間分解能で、詳細な構造を観測することがで
きるようになるものと期待されています。
 この観測システムを構築する上で、技術的な難問は山積しています。2度離
角の2ビームアンテナは世界でまったく初めてのものですし、磁気記録速度も
世界最高の1Gbps(約5秒間でCD-ROM1枚分に相当します。) のものを定常的に
運用できるシステムとして開発する必要があります。それに伴い、高速のA/D
変換器の開発や現有の相関器の改修も必要になります。受信システムも離島局
や遠隔局の運用になるために、信頼性があり、安定な動作をするシステムを構
築する必要があります。さらにデータ解析の手法やシステムもとても大きな開
発項目になります。このような精度で天体の位置が計測された例はもちろん他
にはなくそのための各種の補正アルゴリズムの開発が必要になります。さらに
位置天文学は多くの天体を丹念に観測して行くことが求められ、年間300日の
観測を目指しています。1日に約10Gバイトものデータが相関局から吐き出され、
年間3T(テラ)バイトもの観測データが発生します。これを如何に効率よく定
常的に処理をしてシステムを構築するかも、とても大きな課題です。
 このようなシステムを国立天文台単独で開発し運用することは困難なことで
あり、通信総合研究所とはVLBI観測システムの開発に関して共同研究を行って
います。さらに鹿児島大学理学部とも共同研究の協定を結び、単にアンテナサ
イトの提供だけではなく研究面・教育面で広範な共同研究を進めていくことに
なりました。これは国立天文台が共同利用研になって初めての組織的な大学と
の共同研究であり、今後の共同利用研と大学の関係についての先鞭となるもの
であります。また各地の大学でVLBI観測や研究を始められている研究者も増え
ています。このような研究室とも今後、研究協力することで単なる共同利用観
測のユーザーとしてのみならず、共同でハードウエアやソフトウエアを作り上
げてゆく研究を是非展開したいと考えています。
 また欧米の研究者からも多くの注目を集めています。これは学問的な面では
スペースでの赤外干渉計による位置天文ミッションが複数個計画されており、
これらとはライバル関係にあります。(予算規模は2桁くらい違うのですが)
さらに電波天文業界では、口径20mの2ビームという新規アンテナを3台も1年
で建設するという、欧米のマネージメントのセンスではとても実現不可能なこ
とを日本がやってのけるという面でも注目されています。私たち研究者はもと
より管理部とも一体になり、また担当されるメーカの方々の協力も得ながら是
が非でもこれを実現し、人類の知識や宇宙観を広めていきたいとプロジェクト
チーム一丸となって進んでいます。

「国立天文台ニュ−ス No.84より転載」<電波天文学研究系 助教授 小林秀行>