新種の宇宙ジェットを電波で確認
       中心天体の正体は?

     ‐W43Aで発見された非常に絞られた分子ガスジェット−
 

 私は、鹿児島大学大学院修士学位論文をW43Aという天体からの分子ガスジェ
ット発見という成果でまとめることができました。ここでは、私がW43Aという
天体を研究することになったいきさつや、どのような面白い現象を見つけたの
かについてお話ししたいと思います。
 私の修士課程における研究は、現在進められているVERA計画で密接な研究協
力関係にある鹿児島大学と国立天文台(水沢)のスタッフによる指導の下に行わ
れました。実は私の研究テーマは、修士課程2年になった段階でもなかなか決
まりませんでした。そこで時間的な制約も考慮した上で、アーカイブデータを
利用した研究を試みることにしました。データを入手後、それに基づいて研究
テーマを決めるということにしたのです。データは、アメリカ国立電波天文台
(NRAO)のVLBA(Vey Long Baseline Array)から得られたものに注目し、ま
だ論文として成果が報告されていないものを選びました。検索の結果、私は
W43Aに付随するメーザー源を研究することになったのです。このデータは、
7年前Philip Diamond教授が観測し取得したものです。私の研究においても、
Diamond教授からデータに関する情報・適切な解析方法、研究の進め方などで
助言を頂き、共同で研究を進めてきました。私は、この研究が始まるまでW43A
がどのような天体なのかほとんど知りませんでした。研究が始まって文献を調
べていくうちに、とても奇妙な天体であることが分かったのです。そして解析
が終わったとき、これまでに見たことのないような現象に出会いました。では、
不思議な天体W43Aと、そこで見つかった新種の宇宙ジェットについて紹介しま
す。
 W43A(わし座β星付近、距離およそ2.6kpc)は、OH/IR星と呼ばれる進化末
期の天体ではないかと推測されてきました。それは、W43Aで観測される水酸基
メーザーが、視線速度間隔〜20km/sのダブルピーク型スペクトルを示しており
、この特徴が、ミラ型変光星や赤色巨星といった晩期型星の星周ガスで観測さ
れるものと、とてもよく類似しているからです。通常晩期型星を覆う星周ガス
では、水メーザーの外側に水酸基メーザーが観測され、それぞれ星から数10AU
と数100AUの領域でのみ見られることがこれまでの研究から知られています。
ところがW43Aでは、晩期型星としては非常に珍しい180km/sもの大きな視線速
度間隔をもつダブルピーク型の水メーザースペクトルが観測されており、水メ
ーザーの方が水酸基メーザーよりも外側に広がっているという多くの晩期型星
とは逆の空間分布をしているのです。一方、共にダブルピークのスペクトルを
示すこれらメーザーの平均視線速度は一致しているため、これらが共通の天体
から放出された速度の異なるガスに付随していることは明らかです。しかし、
水メーザーの赤方偏移成分と同じ側に水酸基メーザーの青方偏移成分が位置し
ているという、2種類のメーザー間において視線速度勾配の反転が見られてい
ました。このように、W43Aは不思議な水メーザーと水酸基メーザーを持った天
体です。
 私の研究では、これらのメーザーに関して空間分布と速度構造をより詳しく
調べることになりました。入手したVLBAのアーカイブデータは、1994年6月25
日、同年10月10日、1995年3月17日に水メーザー及び水酸基メーザーを同時に
観測したものです。水メーザーに関しては、空間分解能と速度分解能はそれぞ
れ0.5ミリ秒角と0.21km/s、水酸基メーザーに関しては、それぞれ9ミリ秒角と
0.36km/sを達成しています。またメーザーは多数のスポットの集まりとして観
測されますが、それらの相対位置決定精度は、水メーザーでおよそ0.05ミリ秒
角、水酸基メーザーで1.2ミリ秒角を達成しています。
 解析の結果得られた水メーザーの空間分布を見たとき、私たちは非常に驚き
ました。過去のどの研究でも見たことがない、直線上に並んだ2つのメーザー
スポット集団が見い出されたのです(図参照)。





北東側にある赤方偏移した水メーザースポット集団と南西側にある青方偏移し
た水メーザースポット集団は、長さがそれぞれ約250AU、350AUで一直線に伸び
ているのですが、その幅はどちらのスポット集団もわずか20〜30AU程度しかあ
りません。それにも関わらず、水メーザースポット全体の分布は約1700AUにも
及んでいます。さらに3回の観測データから得られた各スポット位置の時間変
化(固有運動)と視線速度は、この2つのメーザースポット集団が、反対2方向へ
±150km/sで互いに遠ざかっている様子を示したのです。これは、分子ガス中
で発生する水メーザーが、非常に絞られたジェットに付随していることを示し
ます。W43Aは、ジェットを伴う天体だったのです。
 一方、水酸基メーザーの空間分布は、晩期型星でよく観測されるシェル状の
構造をしていました。これによって、W43Aにおける水メーザーと水酸基メーザ
ーは全く異なったガスに付随していることが確実となりました。しかし前述し
たように、これらのガスは共通の天体から発生しているはずなのです。この天
体は一体どのようなものなのでしょうか?このことにも関連して、私たちは、
水メーザーの赤方偏移側と青方偏移側の直線が同一直線上にないことに注目し
ました。さらに水メーザースポットが並んでいる直線の方向とそれらが飛んで
いく方向とは、若干異なっていることにも気付きました。これらのことから私
たちは、ジェットを放出する方向(軸)が歳差運動に伴って時間と共に変化し
ているのではないかと考えました。星からのジェットに歳差運動が見られるこ
とも極めて稀です。もし本当に歳差違動をしているのならば、W43Aは連星系を
成していると考えられます。水メーザーと水酸基メーザーは、異なる星からの
ガスの流れに付随しているのかも知れません。またジェットは、片方の星から
もう片方の星へガスが流れ落ちることにより形成されるのかも知れません。
 私たちは、このジェットを伴うW43Aを、多分惑星状星雲を形成する直前の
OH/IR星(連星系)ではないかと改めて推定します。宇宙ジェットはこれまで、
活動銀河中心核、近接連星系、原始星、さらに最近では惑星状星雲などで観測
されています。OH/IR星では、ジェットは確認されていません。果して、OH/IR
星はジェットを形成することができるのでしょうか?W43A領域では、光、赤外
線、電波などの観測があまり進んでいないために、ジェット発生源にあるはず
の天体に関する情報が殆ど得られていません。そのため、W43Aが原始星である
可能性も否定できません。今後の課題は、まずW43Aの中心天体の正体解明にあ
ります。そして、このジェットの性質の詳しい調査は、宇宙ジェットの形成メ
カニズムに新たな知見をもたらす可能性を秘めています。
 最後に、私は短い学生生活における研究活動で、このような発見の場に立ち
会えたことをとても幸運に思います。そして鹿児島大学と国立天文台水沢観測
センターのみなさんに出会え、この研究ができたことを、W43Aとの出会い以上
に嬉しく思います。特に鹿児島大学の面高俊宏教授、VERA推進室の笹尾哲夫教
授、今井裕博士には感謝の念を惜しみません。また鹿児島大学及び水沢観測セ
ンターの先生、先輩方には多岐にわたりご指導、ご協力を頂きました。この場
をお借りして皆様に深くお礼申し上げます。
                 「国立天文台ニュ−ス No.98より転載」
       <鹿児島大学大学院理工学研究科博士後期課程 小原久美子>