J-NET VLBIによる星メーザー加速の検出

 

   今井 裕, 竹内 峯(東北大学理学部天文学教室)
   柴田 克典, 笹尾 哲夫, 三好 真(国立天文台地球回転研究系)
   亀谷 收(国立天文台水沢観測センター)
   面高 俊宏, 森本 正樹(鹿児島大学教養部)
   望月 奈々子(総合研究大学院大学)
   岩田 隆浩(宇宙開発事業団)
   鈴山 智也(通信総合研究所鹿島宇宙通信センター)
   宮地 竹史(国立天文台野辺山宇宙電波観測所)

 国内VLBI観測網(J-Net)を用いたモニター観測により、晩期型星おとめ座RT
星から放出されたガスの加速を直接示す個々の水メーザースポットの視線速度
の系統的な時間変化を、世界で初めて検出した。この発見は、星から放出され
たガスの運動構造を調べるのに従来はガスの空間分布と視線速度分布(さらに
VLBIでは固有運動)の情報しか得られなかったことを考えると、新たな、しか
も直接力学に迫る情報をまた1つ増やすことができたということで、インパク
トが大きい。
 晩期型星から放出されたガスの力学は、星の進化の最終段階における、星の
大部分の質量が星間空間に還元される過程を理解する上で、重要な情報である。
最近までの可視光・赤外線・電波領域における晩期型星の観測によって、晩期
型星からの質量放出の実態について、興味深いことが多く確認されている。質
量放出が星に対して球対称から大きくはずれて行われていること、星の近くか
ら遠くに離れるに従って放出されたガスの速度が増加していること、質量放出
が間欠的に行われていること、さらに星の周辺にディスク状構造が見られるこ
と、などである。
 一方、このような晩期型星のごく周辺(星の表面から2-3 AUから数百AUま
で)では、一酸化珪素・水蒸気・水酸基メーザーなどがよく検出される。これ
らのメーザーは、VLBIによる高空間分解能観測の対象となる。またこれらのメ
ーザーは、星から放出されたガスの流れに乗っていることが知られている。特
に水メーザーは、星から放出されたガスが加速されていく現場を直接かつ精密
に調べることができる、重要なプローブである。
 そこで、1995年1月から5月にかけて当時立ち上がったばかりのJ-Net(国立
天文台水沢10m, 野辺山45m, 鹿児島6m, 通信総研鹿島34m電波望遠鏡)を用い
て、晩期型星おとめ座RT星に付随する水メーザーに対し、1ヵ月未満の間隔計
5回観測を行った。その結果、7個のメーザースポットについて、それらの空
間分布と(図1)、連続した3回以上の観測で視線速度の時間変化を調べるこ
とができた(図2)。ここで重要なことは、従来の単一鏡や結合素子型干渉計
ではなくVLBIを用いたことによって、個々の水メーザースポットを空間上で分
離してその視線速度を追跡できたことと、国立天文台が開発した簡易型相関器
NAOCOを用いて相関処理を行ったことによって、VLBIデータの解析では世界最
高の速度分解能(0.106 km/s)でで視線速度を測定できたことである。そして、
そのうちの特に3つのメーザースポットについては、1 km/s/year以上の大きさ
でまた時間に対してほぼ一定の割合で視線速度がシフトしていく様子を捉える
ことができた(図2)。

  Figure 1

図1:1995年4月6日に行われたJ−Net VLBI観測で得られたおとめ座RT星
   水メーザーの空間分布と視線速度シフトとの関係。ほぼ東西方向にレッ
   ドシフト成分とブルーシフト成分が分かれていることが分かる。星の位
   置は、メーザースポットの分布から図中の十の字の位置だと推定され、
   星の視線速度は、別の観測からVLSR=17 km/sだと推定されている。
   スケールの単位はミリ秒角(mas)。


       Figure 2

図2:おとめ座RT星で検出された水メーザースポットの時間経過に伴う視線速
   度シフト。視線速度シフトの値の範囲は、-3.6 〜- 1.7 km/s/year。


 これら7つのメーザースポットの視線速度シフトの大きさ・星の視線速度との
差・位置との間には、ある特定の運動構造(回転・双極流など)を示すような明
確な関係が見られない(図1と図2を比較してみると分かる)。さらに、上記に
示した大きな加速度は、ゆっくり回転している星から放出されたガスの角運動量
を考えると、メーザースポットの付随するガスが星の周りを回転しながら動いて
いるために見えるものとも考えにくい。このように、水メーザーが付随する晩期
型星周辺ガスの運動は、非常に複雑なものであることが想定される。今後、J-Net
よりも高い感度と空間分解能を持ったVLBIシステムを用いて、数十個のメーザー
スポットについて空間分布、視線速度、固有運動、及び今回検出した視線速度の
時間変化、またさらに固有運動の時間変化を追跡することができれば、星メーザ
ー(水蒸気だけでなく一酸化珪素や水酸基メーザーなど)の存在する領域のガス
の運動構造が鮮明に描かれ、晩期型星の質量放出メカニズムの理解が飛躍的に進
むだろう。

               参考文献

Imai H., Sasao T., Kameya O., Miyoshi M., Shibata K.M., Asaki Y., Omodaka T.,
Morimoto M., Mochizuki N., Suzuyama T., Iguchi S.,Kameno S., Jike T.,
Iwadate K., Sakai S., Miyaji T., Kawaguchi N.,Miyazawa K., 1997a, "Dectction
of compact water maser spots around late-type stars", Astron. Astrophys.,
317, L67-L70
Imai H., Shibata K.M., Sasao T., Miyoshi M., Kameya O., Omodaka T.,
Morimoto M., Iwata T., Suzuyama T., Mochiduki N., Miyaji T., Takeuti M.,
1997b, "Measurement of shifts in line-of-sight velocities of stellar water
masers using VLBI", Astrono. Astrophys., 319, L1-L4
                     <特別共同利用研究員 今井 裕>