RISE計画

 

月の起源を探る−RISE(測月VLBI)計画


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 毎日眺めている月。昔から多くの人々の関心を集めてきた月。地球に最も近い
天体。月は人々のロマンの対象としてばかりでなく、人間生活にも少なからず影
響を与えている。満月の日に事故や事件が多いとか、出産の確率が高いとかとい
う話もある。これらは、月の引力が人間の体のどこかに影響を与えているためと
思われる。月の引力が地震を引き起こしているという説はもっと現実的である。
実際に目に見えるものとしては潮の満干がある。前置きが長くなったが、その月
がどうやって誕生したか、どのような経歴をもっているかを知ることは、第1級
の科学といって良い。一方、実用性を重視する立場にたてば、人類が少しでも長
く生き延びるための資源の宝庫、活動の場としての月を詳しく知っておく必要が
ある。最近、国立天文台の磯部さんが、地球に衝突する隕石の軌道をかなり前か
ら知るためには月面で観測する必要がある、という話をされたのを聞いたことが
ある。これ等は人類の滅亡にかかわる大問題であるが、その割には人々の関心は
まだあまり高くない。また、月の南極のクレータの中は天文観測に絶好の場所だ
そうである。
 このように、科学的に重要で、多くの側面を持つ月であるが、月を詳しく調べ
るにはものすごくお金がかかる。たとえば、月面に基地を作るには数百機のロケ
ットを頻繁に打ち上げる必要がある。1機数百億円といわれるロケットをこのよ
うに大量に打ち上げることを、国民にはなかなか支持されそうにない。基地を作
らないまでも、月にロケットを1機飛ばすだけでもかなりのことが調べられる。
アポロ計画で人間を月に送ったり、月の石を持ち帰った話は有名であるが、アメ
リカ合衆国ではもう20年以上も前に、月のまわりに人工衛星を周回させながらリ
モートセンシングの技術によって、表面地形、地質、内部の性質等を詳しく調べ
ている。日本でも、最近になってようやく、技術的にも経済的にも、月にロケッ
トを飛ばすことが可能になってきた。かなりのことがわかっている月であるが、
月がどのようにして生まれたかというような根本的なことがわかっていないのも
月である。文部省宇宙科学研究所では、1997年にM−Vというロケットで、月に
地震計を打ち込み、月の中心付近の構造を調べることを計画している。宇宙開発
事業団では、それより大型のH−IIというロケットにいろいろな観測機器を積み
込み、月探査を行うことを計画している。このように、月に行けるチャンスが高
まった時期に、最近目ざましい進歩を遂げているVLBI技術を利用して月の内部を
調べようというのが、RISE(測月VLBI)計画である。三好さんの言葉を借りれば、
月面上の1円玉を判別できる能力があるVLBIであるが、RISE計画では、月周回衛
星と月面上に複数の人工電波源を設置し、それらの間の距離の変化を数センチメ
ートルの精度で測定するのである。
 月のまわりの人工衛星の軌道は、もし、月が完全な球形であれば、同じ軌道を
繰り返し回ることになる。しかし、月が現実にそうであるように、少しつぶれて
いたり、ある部分が他よりも重たかたっりすると、引力の効果で人工衛星の軌道
は少しづつずれていってしまう。この軌道のずれを月面上の電波源の位置を基準
にして測るのが、RISE計画の一つの目的である。軌道のずれを通して、月の内部
の重さの分布を調べようということである。一方、月は、地球と同じように、自
転しているし、その自転の仕方も細かくみると不規則である。自転軸が傾いたり、
自転の速さも変わったりする。その傾きや速度の変化の程度は、月の中心に重た
い物質が集中しているか、全体が均質か、によって大きく異なることが理論的に
わかっている。月面上に設置する複数の電波源の間の見かけの距離の変化を測定
することによって、自転軸の傾きや自転の速さの変化を調べようとするのが、RI
SEのもう一つの目的である。ちょうど、円盤を斜めから見ると楕円に見えるよう
に、月面上の二箇所の間の距離も月の回転によって変化して見えることを利用す
るのである。
地球では、中心には重たい鉄やニッケルが集まり核を形成しているが、月にも
核があるかどうかということが、月の起源を考える上でとても重要な情報になる。
RISE計画の上記の観測を通して、どれだけ、鉄等の重たい物質が中心に集中して
いるかを調べることができる。一方、宇宙科学研究所では、先程述べたように、
月の地震(月震)の波が月の中心付近でどのような経路を進むかを調べることに
よって、核があるかどうか、大きさはどの程度か、ということを調べようとして
いる。これらの観測から、月の核の密度が求められる。見積もりでは、密度を1
立方センチメートルあたり0.1gの精度で求められるはずである。
 さて、RISE計画と月の起源の関係であるが、月は、地球のマントルから分裂し
てできたとする分裂説、もともと別の天体が地球の引力に捉えられたとする捕獲
説、別の天体が衝突し、そのとき飛び出した物質が集積して月になったとする衝
突分裂説等がある。それぞれ、月の重さを説明できるか、地球と月の角運動量を
説明できるか、月の成分を説明できるか等の観点から優劣がつけられている。ア
ポロ計画で持ち帰った月の表面付近の岩石の分析によると、月には、鉄や、それ
と行動を共にする元素(親鉄元素)の含有率が、太陽系形成の初期の状態を保っ
ていると考えられている隕石の含有率に比べて少なく、地球のマントルと同程度
であることがわかっている。この事実が、分裂説を支持している。しかし、もし、
月に鉄を主成分とする核があることになれば、分裂説はその根拠を失ってしまう。
このようなことから、月の核とその重さを調べることが起源を考える上で重要な
のである。
 一見単純な観測のようであるが、RISE計画は多くの技術から成り立っている。
月まで運んでくれるロケットを考えないにしても、周回衛星の軌道をどのように
選ぶか、どのような種類の電波を出して、どのような受信機で受ければどの程度
の精度がでるか、約三百度の昼と夜の温度差から電子回路を護るためにどのよう
な容器に入れてどのように設置するか、等の工学的でハードウエアの課題から、
月面上の電波源の見かけの位置の変化、人工衛星の軌道の変化、月の回転を通し
て月の内部の情報を得るという理学的でソフトウエアの課題まで幅広い。このよ
うに、RISE計画には、理学と工学、ハードとソフト、科学と技術、地球科学と天
文学が集約されている。もちろん水沢地区だけで行うものでもなく、それぞれ得
意の分野を持つ関連研究機関の協力なくしては実現できない計画である。


        RISE OSC

         写真 月面に設置される電波源の試作器

 この計画は、RISE計画という名前になる前に、宇宙科学研究所のM−Vロケッ
トで地震計といっしょに月面に電波源を打ち込んでもらおうと、国立天文台水沢
地区が中心になって準備を進めてきた経緯がある。その過程で、月面に設置する
電波源を開発し(写真参照)、月面に打ち込まれる時の、地球上の1万倍の加速
度に耐えられるかどうかを調べる実験を、宇宙科学研究所の施設をお借りして行
ったり、温度や電源電圧が変化したとき周波数がどの程度変化するかを調べる実
験を行った。M−Vロケットの搭載能力の制限から、電波源は載らなくなってし
まったが、その時に蓄積した知識や経験は、RISE計画にも生かされるだろう。今
度こそは、計画を成功させなければならない。<花田英夫>