RISE (Research In SElenodesy) 計画

 

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 宇宙開発の指針を示す宇宙開発大綱が1996年1月に改定され、我が国の月・惑星
探査は新しい局面を迎えた。このような中で、宇宙科学研究所と宇宙開発事業団が
協力して、静止軌道に2〜4屯級のペイロードを打ち上げる能力を持つHーIIaロケ
ットを用いた月探査周回衛星計画(SELENE)が検討されている。国立天文台は他の機
関や大学の手法と異なり、VLBIや電波技術、レーザによる測距や重力測定技術によ
る計測と、これまで地球に対して進めてきた軌道運動、重力、変形などの力学を基
礎とした研究を月・惑星に展開する(RISE:Reearch in SElenodesy)計画の一環とし
て、予定される15の搭載器の中、相対VLBI用電波源、レーザ高度計の開発担当、リ
レー衛星の開発協力を提案し、検討を進めることになった。
 相対VLBI用電波源は着陸機とリレー衛星に搭載される。先ず着陸機の電波源と背
景のQSO間で相対VLBI観測を行い、LLR(月レーザ測距)で得られている月の暦を用
いて着陸機の月面上の位置を決定する。地上のVLBI局は、電波源の視線方向に垂直
な平面での2次元位置を測定するために、互いに2000km以上離れた3局が最低必要
であり、現在国立天文台が進めているVERA計画のVLBI局を想定している。
 次にリレー衛星と着陸機の電波源間で相対VLBI観測を行い、地上からリレー衛星
とR&RR(距離及び距離変化率)の測定及びドプラー観測を行い、リレー衛星の
軌道運動を100秒毎に1m程度の高精度で追跡する。
 衛星が月の裏側に回ると地上と通信ができなくなり、これまで月の裏側でのドプ
ラー観測は行われていなかった。このため月裏側の重力場の推定精度は表側に較べ
て著しく劣っている。そこで、高度の低い周回衛星が月の裏側を航行中は高高度の
リレー衛星を中継して初のドプラー観測することを試みる。月重力場の推定におい
ては、1つの軌道だけでは、相互相関の大きい項が生じるため、必ずしも低次から
高次の全ての項にわたって高精度で推定できるとは言えず、米国のクレメンタイン、
ルナ・プロスペクター、我が国のルナ-A等の月探査機のデータも加えた解析が必要
となる。しかし、相対VLBIによるリレー衛星と周回衛星の精密軌道追跡データを組
み合わせ、更に月の裏側のドプラー観測を加えた新しい試みは、これまで得られて
いる月重力場の大幅な高精度化を可能にする。
 周回衛星に搭載されるレーザ高度計はレーザ光を発射し、月面で反射して往復す
る時間から周回衛星の高度を測定する。周回衛星の位置が前述のように重心を原点
とする座標で決められているので、月面上の反射点の重心に対する位置が求められ
る。この測定は1年間継続され、ほぼ月の全面にわたって行われるので、月のグロ
ーバルな形状を知ることができる。月の重力場と形状から、言わば重力と形状の食
い違いである重力異常が求められる。
 以上述べた観測データから月の起源と進化に関するどのような情報が得られるか
述べよう。
 (a)月のコアの密度から月の起源を探る
月は地球を回る軌道が傾斜を持ち、また楕円であり、質量分布が球対称でないため
、潮汐力による強制秤動が生じる。すなわち、衛星の軌道から重力場を求める際に
、強制秤動による重力場の振動を考慮しなければならない。従って、重力場の係数
と月の秤動のパラメータは同時に推定される。月の強制秤動の振幅は力学的偏平率
に比例する。力学的偏平率は慣性能率の簡単な関数で表され、月の重力場の2次の
係数が分かっておれば慣性能率が求められる。月のコアの半径はルナ-Aに搭載され
る地震計で測定される予定であり、コアの半径と慣性能率からコアの密度が見積る
ことができ、更にコアの密度から親鉄元素の量が推定できる。月と地球のコアの親
鉄元素の量を比較し、月が親鉄元素の少ない地球のマントルが分裂してでき(分裂
説)たのか、親鉄元素がコアに沈み込んで密度が大きく、地球と同様にして生まれ
(双子集積説)たのか、あるいはその他の説を支持するのか重要な判断材料が提供
される。
 (b)重力異常の力学と歴史から月の進化を辿る
 月の殻が新しいか古いかは、その地域のクレーターの数で推測される。一方重力
異常はその空間スケールの違いによって異なるメカニズムが働いていると考えられ
ている。このような考察はこれまでクレメンタインで得られた160km程度の分解能と
誤差約100mの高度データによる重力異常では不可能であった。地域毎の重力異常の
メカニズムに相違があるとすると、それは月殻の形成の歴史的経過を物語るもので
あり。月の殻の形成の歴史を辿る事が期待できる。
 (c)月の2分性と月の初期進化
 月の表側と裏側の殻の厚さに大きな違いがあり、表側は60km程度、裏側は100km以
上もあると考えられている。また月の形状中心と重力中心は1.6kmもズレているとさ
れている。このような月の2分性は月の初期進化における最も基本的な問題である。
RISEによる殻の厚さの分布、重力異常のメカニズム、重力場とグローバルな形状に
関する情報は月の2分性の現在における振る舞いを捉えることができ、基本的な解
決の糸口を与える可能性がある。
 d)月からの科学と月の利用可能性の調査への貢献
 月は地球に最も近い天体であり、将来の月面での天文観測(月面天文台)や月資
源の利用に関する調査もSELENE計画の重要な目的である。月の極地域は、常に夜で
あり、-190度C以下の環境にある。また地上観測で最も厄介な大気がなく、光赤外
領域での理想的な観測環境にあると言われている。 周回衛星は軌道傾斜角85度の
極軌道に近く、レーザ高度計の斜方視によりおよそ緯度88度までの地域の地形を5
mの精度で得ることがでる。しかも極地域では通過する衛星軌道の密度が高くなる
ので、信頼性の高い地形図が得られ、月面天文台の適地を探すのに役立つであろう。
 以上述べた開発、観測、解析は搭載器毎に多くの機関、大学の研究者で校正され
る混成グループで行われている。SELENE計画が今後の日本の月・惑星探査における
基礎を作り上げて行くものと考える。<河野宣之>