日本海溝における静かな断層すべり

 

     日置 幸介(国立天文台・地球回転研究系)
     宮崎 真一(建設省国土地理院・測地観測センター)
     辻 宏道 (建設省国際局)

 地球表面を覆うプレートの年間数センチというゆっくりした速度は数百万年と
いう地質学的な時間スケールから数年の時間スケールにいたるまでほぼ一定であ
ることが測地VLBI観測により明らかにされている。大陸プレートと海洋プレート
がぶつかり合う境界では、海溝が生じ後者が前者の下に潜り込んでときおり地震
を発生させる。海溝型(プレート間)地震の発生である。M7級の地震による断
層ずれは1m程度なので、プレートが年間10cmの速度で沈み込む海溝ではそんな
地震が十年に一度くらい起こってよい。事実そのように「収支の合う」海溝もあ
るが、幸運なことに日本海溝を始めとする多くの海溝では地震の大きさと頻度が
プレートの運動速度から予測されるよりなぜかはるかに小さいのである。
 1994年12月28日に発生した三陸はるか沖地震は八戸を中心に大きな被害をもた
らしたが、地球科学的には「大きさのたりない」プレート間地震の一つである。
本研究では日本列島全域に建設省国土地理院が整備した衛星利用全地球測位シス
テム連続観測網のデータを解析し、地震時の断層の高速のすべりの後も一年以上
かけて断層がゆっくりすべり続けていたことを明らかにした。このすべりは余震
活動から推測されるものより一桁大きく、本震をも凌ぐエネルギーを密かに解放
していた「静かなる地震」である。三陸沖には以前にも、地面のゆれは小さいの
に巨大地震なみの津波をもたらした明治三陸津波地震や、時定数1日のゆっくり
した歪み変化が国立天文台江刺地球潮汐観測施設で記録された1992年の超ゆっく
り地震など、妙に間延びした地震が起こることが知られていた。

       Slow Fault Slide

図1:東北北部と北海道南部のGPS点の地震後一年間の累積変位(Obs.と書かれた
   矢印)と、それを最も良く説明する断層すべりのモデル。Calc.と書かれた
   矢印は断層モデルから計算される変位ベクトル。


  Slow Fault Slide in Time Series

図2:岩手県久慈市のGPS点のつくばに対する1994年三陸はるか沖地震前後の水
   平方向の動き。地震時(t=0)の急激な動きとともに、その後(t=0~1)のゆ
   っくりした動きみえる。

 今回の発見は、地震計にかからない(聞こえない)ゆっくりした断層運動が地
震の不足分を解消していることの決定的な証拠を測地学的な観測によってつかん
だ重要なものである。プレート境界の断層面には、動摩擦が静摩擦より小さくて
(velocity-weakening)動き出したら止まらない性質を持つ部分と、逆に動摩擦の
方が大きくて断層の動きが速くなるとブレーキがかかる(velocity-strengthening)
性質を示す部分が混在するらしい。三陸はるか沖地震では俗にアスペリティと呼
ばれる前者の部分が12月28日の地震時に高速ですべって地震動による被害をもた
らした後、その周囲の後者の性質をもつ部分が地震後にゆっくりすべったと考え
られる。velocity-strengtheningの原因は海洋プレートと一緒に沈み込んだ海底
の堆積物(泥)だと考えられている。沈み込み帯にすむ人類は泥のおかげで巨大
地震の8〜9割を免れていることになる。

                参考文献
Heki, K., Miyazaki, S. and Tsuji H., 1997, Nature, 386, 595
                              <日置幸介>