ゆっくり地震

 

      Slow Eq1

  図1 平成6年12月28日の三陸はるか沖地震時(a)、および地震の三ヶ月
     後から八ヶ月後までの地殻変動(b)。 (a)と(b)は単位の次元が異
     なることに注意。データは国土地理院、東北大学、国立天文台の
     GPS 観測によるもの。青い矢印は観測されたベクトル、黒い矢印
     は観測値を最も良く説明する断層モデル(断層面を薄緑の四角形、
     ずれのベクトルを赤い矢印で示す)から予測される理論値。 どち
     らの例でも観測値と理論値は観測誤差と同程度の残差で一致して
     いる。


    Slow Eq2

  図2 地震の二ヶ月前から八ヶ月後の期間における、江刺地球潮汐観測
     施設の南-北(a)、東-西(b)、東北-南西(c)の三方向の伸縮計記録
     (三日おきの値)を、図1で示す断層モデルから予測される伸縮
     と比較したもの。観測値については、地震前二ヶ月間の記録の一
     次変化成分を装置自体のドリフトとして期間全体のデータから差
     し引いた。


 地震ときけば発生直後に訪れる地面のゆれ、すなわち地震動を思い浮かべます。
ではぐらっとくる前ときた後であなたの立っている位置が地球上でわずかに異な
っていることをご存じですか。また地震に備えてあなたの家(注:太平洋側とす
る)が毎年じわじわ西向きに動いていることをご存じですか。こういった地殻変
動は地震と深い関係にあります。
 岩盤に十分なひずみが溜まったとき、地下の断層面の両側の岩石が一気にずれ
るのが地震で、それが弾性波動として伝わってきたものが地震動です。断層ずれ
はまわりの岩石のひずみを解放するため、広い範囲で大地が変形して新たな静力
学的釣り合いが実現します。この「地震時地殻変動」は地面に埋めこんだ基準点
の地震前後のわずかな変位として測地的手法で検出されますが、GPS 網の充実と
地震の活発化が重なったここ数年間で観測例がずいぶん豊富になりました。ここ
では平成6年御用納めの夜の北東北を揺るがした「三陸はるか沖地震」を取り上げ、
島弧における地震と地殻変動の興味深い観測例を紹介します。
 この地震は日本海溝で沈みこむ海側(平洋プレート)プレートと陸側(北米プ
レート ?)プレートの境界で発生した比較的わかりやすい地震です。東日本は日
頃から太平洋プレートに押されて少しずつ東西に縮んでいます。これは明治以来
の地上測量でも顕著に現れており、その大きさは太平洋岸がユーラシア大陸に対
して年間1〜2cm西に動く程度です。この縮みの一部は日本列島がこわれたり(内
陸地震による断層ずれ)しわになったり(褶曲)してその地殻に刻み込まれます
が、大部分は地震時に逆戻りして解消される運命にあります。
 平成 6年三陸はるか沖地震は、その20日後の兵庫県南部地震のせいでやや印象
が薄いですが、最大0.6gの加速度を記録し青森県八戸市を中心に死者3名、怪我
人 800名を数えた記憶すべき地震です。地震にともなう地殻変動は国土地理院や
東北大学の GPS網でみごとにとらえられ、日本海岸から見て太平洋岸が十数セン
チ東に動いたことを示しています。余震分布から推測した地震断層に太平洋プレ
ートの動きと同じ向きのずれを適量与えてやると、観測された地面の動きをほぼ
再現することもできます(図1a)。長年蓄積されてきた東西の縮みの多くがこれで
解消されたわけです。
 ここまでは従来の知識が近代的な測定器によって確認されたに過ぎませんが、
この地震のユニークな点は、東向きの動きが地震後すぐに止まらないで「何ヶ月
もずるずると継続した」点です(図1b)。この種の動きは従来から地震後地殻変
動として知られていましたが、これほど十分な精度および時空間密度で観測され
た例はなく、地震後変動の客観的な原因究明が可能な貴重な例です。簡単かつ明
解な解釈は、地震時にずれた断層が地震後音もなく(地震波を発生することなく)
数ヶ月間も動き続けたというものです。GPS で観測された地震時/地震後の変位
から見積もった断層ずれの総量は、地震計で観測された地震波の大きさから推定
されたずれの三倍にもなります。従来の地震動観測で見えるのは地震全体の氷山
の一角なのかもしれません。この地域で実際に発生する地震の規模と頻度が、VL
BI等で測定される全地球的なプレート運動の大きさに比べて小さすぎることは以
前から多くの研究者によって指摘されています。今回のデータはその謎を解く重
要な鍵になるでしょう。
 この地震ではもう一つ特筆すべきことがあります。岩手県江刺市にある国立天
文台の地球潮汐観測施設の伸縮計(トンネルに横たえた水晶棒を使ってトンネル
自体の伸び縮みを測る装置)の地震時のジャンプおよび地震後数ヶ月の振る舞い
が図1と同じ断層モデルを使って説明できることです(図2a-c)。 地殻ひずみの
局地的なゆらぎの直接計測と測量にもとづく広域地殻変動がこのような時間スケ
ールで比較検証された初めての例であり、江刺が日本を代表する地殻変動連続観
測施設として極めて安定な測定環境にあることを物語っています。<日置幸介>