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研究ハイライト

成果報告

直角に折れ曲がるジェットが描き出す銀河団の磁場構造


© 2021- Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021) Nature
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概要

 国立天文台、ノースウェスト大学(南アフリカ)、東京大学宇宙線研究所、オランダ宇宙研究所、鹿児島大学、名古屋大学、九州大学、南アフリカ電波天文台、SKA機構などからなる国際研究チームは、はと座の方向6.4億光年の距離にある銀河団Abell 3376を、南アフリカ電波天文台が運用する電波干渉計「ミーアキャット」を使って観測しました。この銀河団は、大小ふたつの銀河団が合体している現場で、この観測から銀河団の中心に位置する銀河から噴射されるジェットが、小さい銀河団の境界面で二手に折れ曲り、細くたなびくようすが初めて捉えられました。

 この構造を作るメカニズムを解明するため、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いたシミュレーションを実施しました。その結果、銀河団を包み込む磁場にジェットがぶつかることで二手に折れ曲り、折れ曲がった先から磁場に沿って細く伸びる構造を再現することに成功しました。

 本研究によって、銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場が初めて捉えられました。ジェットの構造を詳細に調べることで、直接観測することが難しい磁場の構造を明らかにするという新しい手法が得られたことになります。

 この研究成果はChibueze, Sakemi, Ohmura et al. “Jets from MRC 0600-399 bent by magnetic fields in the cluster Abell 3376 ” として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2021年5月6日掲載されました。



本文

 銀河が数十から数千個ほど群れ集まった「銀河団」は宇宙で最も大きな天体です。この銀河団には、数千万度から約1億度もの高温のプラズマガス「銀河団ガス」が満たされています。そのガスから、電波が観測されることがあります。これは高いエネルギーを持った粒子が磁場の周りを旋回運動する際に放射される電波です。ゆえに銀河団ガスは磁場を保持していることが確かですが、磁場の起源や成長の歴史は謎に包まれています。銀河団は、銀河団どうしが衝突することで大きく成長していきます。数値シミュレーションによれば、銀河団が衝突を繰り返す過程で、揃った強い磁場が作られる可能性が示唆されています。

 はと座の方向6.4億光年先にある銀河団Abell 3376も、大小2つの銀河団の正面衝突が起こっている衝突銀河団の一つです。過去の観測から、小さい銀河団は西から東(右から左)に運動していることがわかっています。2つの銀河団にはそれぞれ温度の異なる銀河団ガスが付随し、小さい銀河団の冷たいガスが大きい銀河団の熱いガスを押しのけるように、整ったガスの境界面ができていることが知られています。この境界面を「コールドフロント」と呼びます。この大きな銀河団のガスに存在する磁場が小さな銀河団の表面に揃った磁場を作る事で、境界面を維持しているという説が最も有力ですが、磁場の構造に関しては詳しくは分かっていませんでした。

 さて、小さい銀河団の中心にはMRC 0600-399と呼ばれる銀河が存在します。この銀河の中心にある巨大ブラックホールからは、ブラックホールシャドウが観測されたM87銀河でおなじみの、「ジェット」と呼ばれる高エネルギー流が噴出しています。このジェットは、上下(南北)に差し渡しで約16万光年の距離に伸び、あるところから左向きに折れ曲がる事がわかっていました。これは大変奇妙なことです。なぜなら、左側に移動する小さい銀河団は、大きい銀河団のガスを向かい風として左から右に受けることになるため、ジェットは風下に流れて右側に折れ曲がると期待されるからです。



© 2021- 国立天文台

図1: 一般的に考えられている銀河団とジェットのたなびく向きの関係。オレンジの点線が実際に観測されたジェットの形を示しており、左から右に曲がった青い領域がこの小銀河団の運動によって折れ曲がる場合に予想される構造。紫の点線は小銀河団が右から左へ運動する際に形成されるコールドフロントを示している。(クリックすると拡大表示されます)

 水沢VLBI観測所の赤堀卓也・特任研究員が参加する国際研究チームは、南アフリカ電波天文台が運用する電波干渉計「ミーアキャット」(MeerKAT、注1)を用い、周波数1.28 GHzの電波で銀河団Abell 3376の中心領域を観測しました。この周波数では、プラズマ中の高エネルギー粒子が磁場に沿って旋回運動するときに放射される電波を観測することができます。この観測によって、銀河団Abell 3376の中心に位置するMRC 0600-399のジェットの細かい様子までかつて無いほど高精度に描き出すことに成功しました。その結果、上下に伸びる2本のジェットのうち特に上に伸びたジェットの折れ曲がる位置が、コールドフロントの位置とぴったり一致していることが明らかになりました。さらに、非常に細く絞られたジェットが風上となる左側に約30万光年も伸びている事に加えて、風下となる右側にもジェットが伸びていたのです。これまで知られていた構造とは明らかに異なるジェットの姿が初めて浮き彫りになりました。研究チームは、この両側に曲がったジェットを両鎌に見立て、「両鎌(ダブルサイス)構造」と名付けました。



© Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021) Nature Fig. 1(b)より一部改変

図2:電波干渉計ミーアキャットで観測された銀河MRC 0600-399 のジェットの姿。x印のところにブラックホールが存在し、そこから上下にジェットが吹き出している。ジェットは、途中で左右に折れ曲がり、特に左側に細長く伸びた構造を持っている。過去の観測との比較から、上に伸びたジェットは、コールドフロントの位置で折れ曲がっていることがわかった。(クリックすると拡大表示されます)

 銀河団から受ける風と逆向きにジェットが細く伸びるメカニズムの解明のため、研究チームは、水沢キャンパスにある国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」(注2)を用いた3次元磁気流体シミュレーションを行いました。研究チームは、コールドフロントに沿った磁場がジェットの運動を妨げているのではないかと考え、コールドフロントを模したアーチ状の磁場とジェットがどのように相互作用するのかを数値計算で確かめました。その結果、コールドフロントの位置でジェットが磁場とぶつかった後、ジェットが折れ曲がる様子が再現されました。本研究が提唱するシナリオでは、ジェットはコールドフロントに沿った磁力線に沿って伸びるため、曲がった後のジェットが細く絞られた状態で伸びるという特徴を説明することが可能です。さらに、上下に噴出するジェットの電波強度が途中で弱くなり、ジェットの折れ曲がりの位置で再度強くなるという観測的特徴が、このシミュレーションにおいても再現されました。このように観測の様々な特徴を再現することから、コールドフロントの磁場によってジェットが曲げられていることが強く示唆されたのです。



シミュレーション画像・動画クレジット:大村匠、町田真美、中山弘敬、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト
解説画像クレジット:Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021) Nature Fig. 4より一部改変

図3:
(シミュレーションの画像・動画)Youtubeチャンネル「国立天文台天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)」
(左)スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」による、ジェットと銀河団磁場の相互作用の3次元磁気流体シミュレーション。オレンジから青の部分はガスの速度を表し、オレンジ色であるほど速度が速い。黄色い線は磁力線を表している。まっすぐに進んだジェットはアーチ型の磁場にぶつかる事で、ジェットの進む向きを磁力線の方向に徐々に変えていく。ジェットの内側のガスは様々な向きに運動しているため、最初は揃っていた磁場も複雑に絡まり合う。磁力線に沿ってジェットが伝わる際に、ジェットが上向きに進む力が少し残っているために、左右に伸びた磁力線がジェットによって持ち上げられる様子が見て取れる。この磁力線が持ち上がった部分が、折れ曲がったジェットの先端になる。
(右)本研究が提唱するシナリオの模式図。小さな銀河団は右から左へ運動している。そのため、小さな銀河団は左から右へ風を受けている状態である。この時、小さな銀河団と大きな銀河団の境界であるコールドフロントには、大きな銀河団の磁場が掃き集められて、小さい銀河団を磁力線が包み込む(図中の茶色の曲線)。MRC0600-399から上下に噴出したジェットがコールドフロントの磁力線とぶつかると、磁場の力によってジェットの進行方向を変え、ジェットは磁場に沿って伝わる。今回の数値計算では、ジェットが磁場に沿って進む様子のみを再現している。実際には、ジェットの中で作られた超高速粒子が更に磁力線を伝わっていく事で、より長く電波で明るく光る構造を作っていると考えている。
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 本研究が提唱するシナリオでは、ジェットはコールドフロントに沿った磁力線に沿って伸びるため、曲がった後のジェットが細く絞られた状態で伸びるという特徴を説明することが可能です。さらに、上下に噴出するジェットの電波強度が途中で弱くなり、ジェットの折れ曲がりの位置で再度強くなるという観測的特徴が、このシミュレーションにおいても再現されました。このように観測の様々な特徴を再現することから、コールドフロントの磁場によってジェットが曲げられていることが強く示唆されます。

 本研究は、銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場をとらえた初めて成果です。観測の提案から結果の解釈まで議論に参加した赤堀氏は「将来はVERAが先行機として認定されている大型電波干渉計スクエア・キロメータ・アレイ(Square Kilometre Array:SKA)を使って、他の銀河団でも同じようなことが起きていないか調べ、磁場の役割を理解していきたい。今回、日本と南アフリカの国際チームの連携は地理的に難しいこともあったが上手くいった。この観測をリードした一人であるジェームズ・チブエゼ氏は、 鹿児島大学でVERAを使って研究を行い博士の学位を取得した方。また同じく研究をリードした酒見氏と大村氏はこの春に博士の学位を取得し、SKA時代を見据える研究者だ。まさにVERAからSKAへと、人のつながりができてとても嬉しい。」と述べています。

 この研究成果はChibueze, Sakemi, Ohmura et al. “Jets from MRC0600-399 bent by magnetic fields in the cluster Abell 3376”として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2021年5月6日掲載されました。



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