重力偏差計の開発:無重力実験

2021-09-01

北海道が熱波に襲われた7月,重力偏差計(GGM)の無重力実験に参加してきました.

『重力』と言われてピンと来ないかも知れませんが,『万有引力』なら聞いたことがありませんか?木から落ちるりんごを見てアイザック・ニュートンが発見した(図1)というアレです.『万有引力』と『重力』はよく似ています.例えば地球の重力は地表で9.8 m/s2です. 私達は慣れ過ぎて実感がありませんが,重力が地球の1/6しかない月へ行けば,急に体が軽くなったような気がするでしょう.
万有引力と重力の違いは,人やものが「動く」ことによって生まれます.エレベーターが上がるときには少しだけ足に力が入りますし,下がるときにはふわっ,と浮くような感じがします.上向き,下向きに動くことでみなさんが感じる重力に違いができるのです.では,全く動かなかったら,地球の重力は世界中どこでも同じ...というわけではありません.第1に,地球が自転しているので,私達には遠心力が働いています.赤道では遠心力が一番大きくなるので,万有引力が同じであったとしても,重力は弱くなります.第2に,地下に重いものや軽いもの(例えば金属鉱や岩塩ドームなど)があると,その影響によって重力に1/100,000くらいの「むらむら」が表れます.目には見えない地下の様子を詳しく調べるために,科学者はごくわずかな重力の「むら」(ここでは重力偏差と呼ぶことにします)を測ります.そのための計測装置が重力偏差計です.地球用の重力偏差計はすでに実用化され,地球観測の現場で活躍していますが,惑星探査のための重力偏差計はまだ世界で誰も開発していません.国立天文台RISE月惑星探査プロジェクトは東京大学 地震研究所の新谷昌人教授,宇宙航空開発研究機構 国際宇宙探査センターの野村麗子招聘研究員と協力して,世界初の惑星探査用重力偏差計の開発に取り組んでいます.完成すれば,月の水資源や空洞,岩脈の発見,小惑星内に閉じ込められた氷の調査などに役立つと期待しています.惑星表層の地下構造を隅々まで調べることで,天体の生い立ちを研究し,ゆくゆくは地球に水が運ばれてきた経路に迫りたいと考えています.

図1

図1 木から落ちるりんごを見て,ニュートンは万有引力を発見した...というのは,ニュートンの方便でしょうね.ニュートンが明らかにした天体の運動法則は,単なる思いつきではなく,緻密な数学に裏付けされています.

私達は,共同開発している重力偏差計をGGMと名付けました.Gravity GradioMeterの略称で,何のひねりもありません(トホホ).GGMは2つの重力加速度計ユニットからなり,ユニット単体(図2)で重力を測ることもできます.ユニットの中には立方体の重りが入っており,その微妙な動きを高感度の光センサーで感知する仕組みです.測るのは,重りの上下,左右と前後の3方向の動きと,3つの軸回りの回転(図3)です.実際には,それぞれの方向に動かない,回らないように電磁石で押し戻しながら,重りにかかった力を測っています.これは微小重力を精密に測る方法で,「6自由度制御」と呼んでいます.

図2

図2 開発中の重力加速度計ユニットの写真(東京大学地震研究所 新谷教授の撮影)

図3

図3 重りの動き.太い矢印(上下,左右,前後)と3つの軸回りの回転という6通りの動き方があるので,
重りには「6つの自由度がある」と言います.

GGMは重力加速度計ユニットが2個セットになっています.2箇所の離れた場所で重力を測ることで重力偏差が分かります.図4を見て下さい.それぞれのユニットの外枠は探査機に固定されているので探査機と同じ動きをします.しかし,ユニットの中にある重りは,その場所での重力を感じて動きます.探査機全体が感じる重力と,重りが感じる重力にずれがあると,外枠と重りの動きにもずれが生じます.2箇所でのずれを精密に測ることで重力偏差が測定できるのです.

図4

図4 重力加速度計ユニットを2個組み合わせて重力偏差を測る仕組み.

このように重力偏差計はほぼ無重力で動かすように設計されています.記事のタイトルから,「重力を測る装置を無重力で実験する意味が分からん!?」と思われたスルドイ方が居られるかも知れませんが,ほんのわずかな重力の違いを測るには「ほぼ無重力」の状態が必要なのです.そのために北海道赤平市にある落下実験施設に行ってきました.

実験は微小重力実験施設COSMOTORRE(コスモトーレ)で実施しました.詳しくは株式会社 植松電機のwebページを御覧ください.エレベーターよりももっと速く,実験装置を落下カプセルに入れて57 mの落下塔のてっぺんから落とすことで,約3秒間,無重力の状態を作ることができます.

落下実験はこんな感じです.
(1) GGMを赤い落下カプセルの中に収めて,吊り上げていきます.落下カプセルが落下塔を上がって行く様子.この間,私の頭の中はサンダーバードの音楽がなり続けています.

(2) 落下塔最上部の様子をモニタで観察して,落下カプセルが頂上に到着すると,揺れがおさまるのを待ちます.カプセルが落下時に少しでも傾かないようにするためです.

(3) 揺れが収まったら,カプセルを吊している樹脂製ブロックを焼き切ります.

(4) 3秒位で落ちてきます.最後は時速100 kmのスピードです.

(5) 落下中のカプセルの中は,ほとんど無重力の状態です.

※ この実験場での様子は,株式会社 植松電機のFacebookページ でも紹介されています.  

実際の観測も落ちながら測ります.探査機が惑星や月の周りを回っている時には,横すべりしながら常に落ち続けているからです.地球を回る人工衛星でも同じです,地球(天体)は丸いので,高速で横滑りしながら落ちると,落ちた先に地面がありません.だからいつ迄も落ち続けながら回り続けるのです(図5).落ちていく間は,人工衛星の中はほぼ無重力状態になります. 例えば,国際宇宙ステーションは,地上から400 km上空を飛んでいます.万有引力は地球の中心からの距離の2乗に反比例します.(高校物理を思い出して下さい.まだ習っていないか,きれいサッパリ忘れた方は軽く読み飛ばして下さい.)地球の半径は,6378 kmです.400 km上空の万有引力は 9.8 x 63782/(6378+400)2 = 8.7 m/s2 と計算できます.ゼロにはなりません.しかし,国際宇宙ステーションの中では重力はほぼゼロです.「国際宇宙ステーションは宇宙空間にあるから無重力」ではなく,「地球の周りを落ち続けているから無重力」なのです!(ナットクできます??)

図5

図5 人工衛星は実は落ちている?!

ちょっと話題が脱線してしまいましたが,今回の実験の目的は,(a) ひとつひとつのユニットで6自由度制御が正しく働くこと,(b) 2つのユニットを組み合わせた時にも支障なく重力偏差計として動くこと,の2点を確認することでした.結果は成功でした (広報記事だと「大成功」って書くことが多いんですが,だんだん自分のうさん臭さが嫌になってきたので,今回は控えめにしておきます) .

まず第一に,GGMは実験を繰り返しても無事でした.時速100 kmからエアバッグなしに急ブレーキをかけるので,着地はほとんど激突です.カプセルの中をはね回って大変なんですが,毎回無事に戻ってきました.製作された新谷教授と野村研究員,さすがです.また,(a) それぞれのユニットで6自由度の制御が着実に働いたことが確認できました.(b) 2台同時の制御も成功しました.これで実用化に向けて,大きな弾みがついたと思います.熱中症になりそうなくらい暑い中で実験したかいがあったというものです.(ちなみに,カプセル内部においたデジカメは何回か熱くなりすぎて,へたばりました.)

次の目標は振動試験と熱真空試験です.ロケット打ち上げ時の激しい振動に耐えられるか,宇宙空間(真空)での厳しい温度差に耐えられるか,を調べます.例え失敗があっても,チームで協力して,一歩ずつ前進して行きます.

(文責 竝木則行)