今回は、西山学氏に寄稿して頂いた論文解説記事をお届けします。西山氏は東京大学大学院在学中、RISEプロジェクト長の竝木とともに国立天文台で研究に取り組み、2024年に東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻にて博士号を取得されました。現在はドイツ航空宇宙センターの客員研究員として、国際共同惑星探査の最前線で活躍されています。本記事では、西山氏の惑星測地学研究の背景や成果について、ご自身の言葉で分かりやすく解説していただきます。それでは、以下より解説本文をご覧ください。
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月や火星、水星といった太陽系天体を見た時、皆さんの目にはどんな地形が飛び込んでくるでしょうか?
大小様々なクレーターがあったり、火山があったり、太古の溶岩が固まってできた平らな場所があったり…月や火星で着陸機が撮った写真を見たことがある方は、地表面に大きな岩塊がある様子も見たことがあるかもしれません。地球でも山や谷といった様々な凹凸があるように、どの天体においても表面はデコボコしており、火山活動や衝突現象といったその場所の地質進化に応じて異なる凹凸を持っています。
この地形の凹凸度のことを、惑星科学の用語で「ラフネス」と呼びます。
このラフネスという指標は天体の地形の進化を理解する上で非常に便利で、特に「各地域がどのような地質進化を経てきたのか」を知るための非常に重要な一歩になります。というのも、ラフネスの水平波長の依存性が天体の地質進化を探る鍵になるからです。
例えば、クレーターとそのラフネスの時間変化について考えてみます(図1)。直径100 kmを超える巨大クレーターが形成される際、その放出物が周囲に堆積する際の衝突でキロメートルサイズのクレーター(二次クレーター)ができます(図1左)。二次クレーターによる凸凹はそのサイズの波長のラフネスになるため、巨大クレーターの形成直後にはその周囲で二次クレーターが短波長のラフネスを生じさせます。さらに巨大クレーター自体も長波長のラフネスになります。一方、形成から十分に長い時間が経つと、地震動による地滑りや火山活動といった様々な要因で小さな二次クレーターは埋まり、短波長のラフネスは減少します。一方、巨大クレーターによる長波長のラフネスは変わらず残るため、クレーターの新旧によって、ラフネスの水平波長の依存性が異なることになります(図1右)。

図1: Stieglitzクレーター周囲の地形(左図)とクレーター周囲のラフネスの時間変化(右図)。クレーターの形成から時間が経つほど、短波長ではラフネスが減少することで波長依存性が変化する。
クレーターの新旧以外にも火山活動などによってラフネスの絶対値や水平波長の依存性が異なります。そのため地形データからラフネスの分布を得ることで、地質進化の地域ごとの差を定量的に評価することができようになるわけです。
水星の場合、実はこのラフネスの全球的な分布はよく分かっていませんでした。というのも、水星の詳細な全球地形データが限られているためです。水星探査は1970年代のマリナー10号や2015年まで運用されたメッセンジャー探査機によって行われてきましたが、レーザー高度計(※1)を用いた地形マッピングは北極域のみ行われており、赤道域・南半球の地形データは十分にありません。
そこで本研究では、画像データを基に作られた地形モデルを組み合わせることで、世界で初めて水星の全球ラフネスマップを水平波長5 kmから100 kmという幅広い範囲で作成しました。画像に基づく地形モデルとレーザー高度計データの両者の間には系統的な差が存在しますが、本研究ではそれを補正して全球のラフネスの分布を初めて明らかにしました(図2)。

図2. 水平波長10 kmでの水星のラフネスマップと主な地質的特徴の関係。
このラフネスマップでは様々な地質的特徴が可視化できます。例えば、水星にはSmooth plainと呼ばれる比較的新しい溶岩ユニットがあり、溶岩流で表面地形が平らになっているため、著しく低いラフネスとして見ることができます。他にも前述のように新しいクレーターは高いラフネスが分布している他、水星最大のクレーター地形であるカロリス盆地の対蹠点の「カオス地形」と呼ばれる領域でラフネスが最も高くなっています。実は新しいクレーターの放出物とカオス地形でラフネスの波長依存性は似ており、カロリス盆地の形成時の放出物が「カオス地形」の形成に関与したことを示唆すると考えられます。このように、本研究で得られたラフネスマップは、今後の水星の地質を研究するための基盤となるデータになります。
更に、ラフネスマップを他のデータと比較することで、水星での地質進化プロセスの理解にも様々な示唆が得られました。例えば、水星の地殻厚さの分布を比較すると、地殻が厚い場所ほど長波長のラフネスが高いという傾向が見つかりました。長波長のラフネスはクレーターの数密度、つまり表面の年代を示す指標でもあります。水星の表面は全て一度火山活動によって更新されていると考えられているため、この地殻厚さとラフネスの相関は地殻が厚いほどマグマが表面に噴出しにくいことを示すと考えられます。実はこの特徴は月に類似しており、マグマは周囲の地殻より密度が高いために浮力が得られず、マグマが地殻内を上昇して噴出しにくい環境を示唆し、惑星ごとの火山活動の形態の違いを理解する上での重要な情報です。
今年2026年には日欧共同の水星探査機BepiColomboが水星に到着し、水星での観測を開始します。BepiColomboにはBELA(※2)と呼ばれるレーザー高度計が搭載されており、2027年春から始まる科学観測では水星の地形の全球マッピングを初めて行う予定です。BELAによる観測では本研究よりも短い水平波長でのラフネスのマッピングも可能です。一般的に短波長の地形ほど最近の地質進化を反映するので、BELAではより最近の地質活動の影響が観測できると期待されます。私もBELAに携わる一員として、このような科学観測データを心待ちにしつつ、その準備に明け暮れている日々を過ごしています。
余談ですが、このラフネスマップは実は水星の内部進化を理解する上でも重要な示唆を持っています。例えば、水星には数多の断層地形があり、水星が天体の冷却によって収縮してきた証拠として考えられています。この断層の分布は実はラフネスとも関係しており、水星が現在に至るまでどれほど冷却され、それに伴ってどのような内部進化を遂げてきたのか、これらを理解する重要なヒントが隠されていたりするのですが、その詳細はまた別の機会に…
※本研究成果はNishiyama et al., “First Global Map of Mercury's Surface Roughness Down to Kilometric Baselines: Implications for the Planet's Geologic Evolution”として2026年3月に国際学術雑誌 The Planetary Science Journalに掲載されました。https://doi.org/10.3847/PSJ/ae447c
※1: レーザー光を惑星表面に照射してその反射光を観測することで、レーザー光の往復時間から距離を測る機器。RISEが運用に携わった「はやぶさ2」のLIDARなどもその一つ。
※2: BepiColombo Laser Altimeterの略。本機器には著者やRISEの竝木則行教授がメンバーとして参加している。
(文責:学術振興会海外特別研究員 / ドイツ航空宇宙センター客員研究員 西山学)