InSightで目指す地震観測

InSightは火星に地震計を持って行きますが、そもそも火星では地震が起こっているのでしょうか。研究者は火星では大きく分けて3種類の異なる地震が起こっていると考えています。一つ目が火星内部の活動によって起こる地震でいわゆる”普通の”地震です。例えば地球ではプレートの運動によって地震が起こります。火星にはプレートテクトニクスはないと考えられていますが、火星全体が冷えていくことで収縮したり、大きな山の周りで地盤がたわんで破壊されたり、過去の火山活動の影響で破壊が起こったり、様々な内部の活動によって地震が発生していると考えられています。研究者は火星の地表を調べて地震と関係がありそうな地形を探しました。すると表面に出ている断層と思われる地形や火星が縮んでできたと考えられる山脈のような地形がみつかり、火星でも地表に引っ張りや圧縮の力が加わっていることがわかりました。このような力がかかることで火星の内部でも地震が起こると考えられています。InSightの地震観測でもこのような地震の観測を成功させるのが第一の目標といってもいいでしょう。このような地震で発生した波は火星全体に伝搬しますので火星の内部構造探査には欠かすことのできない観測です。比較的観測点の近くで起こった地震は浅い構造を、遠いところで起こった地震は深い構造を反映していると考えられており、深さ数10~数100kmの火星の構造を明らかにできると考えられています。このような地震の観測から火星の地殻の厚さやマントルの構造が分かると考えられています。

写真1. 火星で見つかった断層

写真1. 火星で見つかった断層。地層が断層の運動によってずれているのがよく分かる。
(Credit: Mars Reconnaissance Orbiter High Resolution Imaging Science Experimentで撮影された映像 NASA/JPL/University of Arizona)

二つ目が大気の活動によって起こる地震です。別の記事でダストデビルと呼ばれる小さな竜巻については触れましたが、それ以外にも火星には活発な大気活動があることが知られています。竜巻や強い風があると地面も振動しますし、大規模な高気圧と低気圧があると空気の重さの違いによって火星の表面がたわんで地震を発生させる要因となります。小さな竜巻や地上を吹く風は火星の地下数100mまでの浅い構造を探査する有力な方法です。そのような現象に加えて大気の活動が火星全体を揺らす現象も起こっていると考えられています。大気による地震は地球でも観測されていますが、地球ではこれに海の活動も加わって複雑な挙動を示します。火星には海はありませんので大気の活動の影響が大きく、朝晩の気圧の差によって火星全体が規則的に揺らされていると考えられています。このような全球的な振動は表層のみでなく、深部の構造を反映しているので、この観測により深いところの情報が得られるのではと注目されています。

三つ目が隕石衝突による地震です。地球では分厚い大気があるため隕石の多くは地表に届く前に燃え尽きてしまいます。火星では大気が薄く、燃え尽きずに地表にぶつかる隕石が多く存在すると予測されています。このことは火星で今でも新しいクレーターができていることからもわかります。InSightではこのような隕石衝突も重要な観測項目としてあげられています。隕石衝突の面白いことは震源の位置が火星の内部で起こる地震と比べてわかりやすいことです。必ず表面で起こっていますし後からクレーターとして落下地点がわかることもあります。震源の位置がわかっていることは地震の研究をする上で非常に有益な情報であるため、隕石衝突の観測に期待が集まっています。InSightは今火星を周回しているMars Reconnaissance Orbiter と協力して、隕石によると思われる地震波を検出したらカメラでクレーターを探してもらうというプロジェクトを推進しています。隕石衝突が必ず表面で起こるということは内部構造探査において重要な意味を持ちます。隕石衝突は衝突地点と観測地点の2点で最も表層にある地殻を必ず2度伝わります。地震観測はどうしても観測点付近の影響が大きいため観測からわかる地殻の厚さは観測点直下の値に最も近いと考えられます。しかしこのような隕石衝突の性質を利用すると観測点直下のみではなく、離れた地点の地殻の厚さも調べることが可能になります。その観測結果に火星周回機による重力・地形観測で得られた全球の相対的な地殻厚さの違いを重ね合わせることで火星全体の地殻の厚さの違いがわかるのではと期待されています。

これまでの研究や観測により、火星では上に述べたような多様な地震が起こっている可能性が指摘されています。InSightではこれらを観測し、それぞれの地震の特徴を活かして、表層の細かい構造からマントルの構造まで、火星の様々な深さで内部構造を明らかにしようとしています。このような試みはこれまでの長い火星探査の歴史でも初めてといってもよいでしょう。今から数年後にどのような新しい火星の描像が得られているか、InSightに携わる全ての研究者が楽しみにしながら日々研究を進めています。

写真2. 周回衛星で発見された最近の隕石衝突によってできた衝突クレータ

写真2. 周回衛星で発見された最近の隕石衝突によってできた衝突クレータ
(Credit: Mars Reconnaissance Orbiter High Resolution Imaging Science Experimentで撮影された映像 NASA/JPL/University of Arizona)