InSightで測るPhobosによる火星の潮汐変形

火星の周りにはPhobosとDeimosという二つの衛星が公転しています。Phobosは直径約22km程度であり、火星の6,000km上空を公転しています。Phobosは火星の重力の影響により、その軌道半径が徐々に小さくなっており、今後5千万年以内に火星に近づきすぎて破壊されてしまうと考えられています。Deimosはより火星から遠く、公転半径が約12,500kmで直径13km程度の小さい衛星です。地球の月と比べると非常に小さく(月の直径は約3,470km)、火星の近くを公転している(月の軌道半径は約384,400km)ことがわかりますが、月の重力が地球の潮汐を引き起こすように、火星の表面もPhobosの重力による潮汐の影響を受けて変形しています。この潮汐による変形もInSightが観測を目指すターゲットの一つです。

地球では変形しやすい海での潮の満ち引きが潮汐の影響としてよく知られていますが、陸地も数10cm程度変形しています。火星でも同様に陸地が潮汐により変形していると考えられていますが、その変動は1 mmの数分の1程度の非常に小さなものと予想されており、観測は簡単ではありません。ただし、Phobosの潮汐変形は地震と違い、いつどのように起こるかがよくわかっているという特長があります。Phobosは約7時間39分の周期で火星の周りを公転しており、その周期に合わせて火星表面は規則的に変形します。このように繰り返し観測で波形をどんどん重ね合わせていくことにより、小さな変動を強調することが可能となり、非常に微小なPhobosの潮汐による地面変動が検出できると考えられています。

しかし、Phobos潮汐の観測が難しいのは変動が小さいためだけではありません。潮汐を観測する目的の一つは火星全体の硬さを知ることです。火星が硬ければ潮汐による変動は小さく、逆に柔らかければ変動は大きくなります。しかしどちらも同じ潮汐力によって火星が変形しているのでその波形や変動の周期はほとんど変わりません。つまり潮汐変形を用いて火星の硬さを測るには波形や変動の周期ではなく、変動の大きさを正確に測る必要があります。先ほど潮汐による変動は1mmの数分の一程度と書きましたが、さらに火星の硬さによる違いを見分けるためには非常に高い精度で測定する必要があります。このためにInSightではわざと地震計を傾けることにより、地震計で測定される振動が一体どのくらいの地面変動に相当するかを定期的に測定します。このように地震計を校正することでPhobosによる地面変動を正確に測定することを目指しています。  

潮汐の観測からわかる火星の硬さは火星全体の構造で決まります。例えば火星の内部に融けている層が存在すれば火星は全体として柔らかい性質を持つようになります。逆に全ての層が融けておらず、固体の岩石でできていれば硬い性質を持ちます。このような性質を利用し、火星の内部構造を明らかにすることがInSightでPhobosの潮汐を観測する目標です。特に潮汐観測では地震観測では探査が難しい、深い構造の探査が実現できると期待されています。一方、地震観測では地殻の厚さやマントルの構造などが明らかにできると考えられています。その結果を利用し、潮汐の観測結果と合わせることで地震観測によって探査された領域以外の構造を推定することができます。このようにInSightでは異なる観測を組み合わせることで火星の内部構造を浅部から深部まで明らかにすることを目指しています。

Figure Phobosによる火星潮汐変動の様子

Figure Phobosによる火星潮汐変動の様子。火星の周りを公転しているPhobosの重力によって火星が変形するが実際にはPhobosの真下が膨らむのではなく、少し遅れて変動が観測される。
(©IPGP/David Ducros)

図中の英語の意味は以下の通り。

  • Phobos Orbit: Phobosの軌道
  • Breaking effect on Mars: 火星がPhobosを引っ張る重力の効果
  • tidal lag: 潮汐変動の遅れ
  • Raised tide: 潮汐変動