第3回 月と水星の秤動、そこから分かること

1,岩石天体の起源・進化と内部構造

前回は月の秤動の観測について書きました。本稿では月と水星の秤動と解析から分かることを説明します。簡単に一言で書くと、秤動と重力場など他のデータと合わせると核があるか、それが融けているかどうかが分かります、という話をします。

月、水星それぞれの半径は約1,740 km、2,440 kmです(水星は太陽系の惑星の中で一番小さい)。いずれもケイ酸塩鉱物を主成分とする岩石でできた分化天体です(図1)。分化とは天体が融けたりして重いものが下に沈み、ケイ酸塩鉱物の地殻・マントル、鉄などでできた核などの層ができることを言います。例えば地球では地震学などから、マントルの下に鉄とニッケルでできた流体の外核と中心に固体の内核があることが分かっています。惑星や衛星(月)では放射性元素の崩壊による加熱はあるものの、基本的には冷却の歴史をたどります。サイズが小さければ速く冷えて内部もすべて固化するでしょうし、もう少し大きいサイズのものであれば冷えるのが遅いので内部はまだ融けているでしょう。その一部が固化してさらに内側に落ちて、固体内核を作っているかもしれません。内部が融けている場合、他の天体からの力が働くと固体の地殻・マントルに主に回転の変動が起こるため、秤動 の振幅は天体がすべて固体の場合よりも大きくなります。月、水星いずれも地球より小さいですから、より速く冷えることが推測されますが、観測結果はどうなっているでしょうか。

図1

図1、分化した天体の概念図。
流体核がある場合、固体の地殻・マントルと、流体の外核より内側はそれぞれ異なる回転運動をすることができます

2,月

月の秤動の観測データは主に月レーザ測距(Lunar Laser Ranging : LLR)で得られた地球-逆反射板間距離です(第二回記事参照)。現在までに50年以上のデータが蓄積されており、月の基本周期の一つである歳差運動(約18.6年、*注1)の約3周期分に相当します。LLRの時系列観測データに当てはまるように秤動の振幅を含む様々なパラメタを内部構造モデルを用いて推定します。この時、重力場係数や潮汐変形に関連する ラブ数と呼ばれる量は推定することも可能ですが、近年ではアメリカのGRAIL(グレイル、2011-2012年)探査機で得られたより確からしい値を使うようになりました (e.g. [1])。

複数の周期(交点月27.321日、近点月27.555日など、**注2、[2]も参照)の組み合わせにより様々な周期 の秤動が存在するので、解析では周期ごとの振幅を推定します。一番大きい強制秤動の振幅は約100秒角です[3]。Williams et al (2001) [4]は潮汐と流体核-固体マントル間の摩擦によりエネルギーが失われることに伴って起こるミリ秒角程度(=1秒角の1000分の1)のきわめて小さい振幅を持つ秤動を5つ見つけ、月の内部に流体の核がある根拠としました。ただし、これらだけでは核の半径は決まりません(慣性モーメントと核-マントル間の力学的結合の度合いを示す係数だけが決まる)。そのためアポロ探査で行われた月での地震波観測や物質科学の情報を取り入れて、探査で得られている密度等のパラメタが矛盾なく再現できる月のモデルを構築します。現在では半径300 km程度の流体核が存在すると推定されています([4],[5])。

3,水星

水星は太陽系の一番内側を約88日で公転します。水星の軌道は円から大きく外れた楕円であるため(離心率は0.206)、場所による太陽による潮汐力の差が大きく、月と同じように一方が潮汐力により引き伸ばされた形をしています。地球から見る水星は常に太陽の近くにいるために観測は難しく、自転についてはよくわかっていませんでしたが、1965年にレーダーによる観測で自転周期が約59日(±5日)であることが分かりました[6]。離心率が大きいという軌道の特徴から公転と自転の周期が同期していると予想されていたために、この観測結果は驚かれたようです。両者の数値は割り算してみるとわかるように88/59 ≒ 1.5となり、太陽の周りを一周する間に水星は1.5自転します(図2)。当初、この先公転周期と自転周期が1:1になるように進化するのではないかと考えられましたが、この状態で安定であることを潮汐ロック(***注3)の観点で考察したのがColombo(1965) [7]です。

図2

図2、水星の自転と公転。時間順を数字の①から⑥で表しています。

水星を探査した探査機はこの記事作成の時点(2022年)で2機だけです。1974年と1975年に3回のフライバイを行ったアメリカの探査機Mariner(マリナー)10、2004年に打ち上げられ2011年から2015年まで周回軌道からの観測を行ったアメリカのMESSENGER(メッセンジャー)です。欧州と日本の探査機BepiColombo(ベピ・コロンボ)は2018年に打ち上げられており、2025年に水星に到着する予定です(Bepiは既述のGiuseppe Colomboの愛称)。探査機が天体の重力圏に近づけば天体の重力の情報が得られます。マリナー10フライバイのうち、水星のより近くを通過した2回分のデータから重力が初めて測定され、質量と形状から天体の密度(約5400 kg/m3)が、また自転による極方向のつぶれ具合と潮汐力での引き伸ばされ具合を表す係数が推定されました [8]。またフライバイ観測で表面の約4割が撮影され、さらに磁場観測により固有磁場があることが分かりました。地球(約5500 kg/m3)と同程度の値の密度からは水星が主に岩石と金属でできていること、磁場の存在からは金属の流体が対流していることが示唆されます。

さて水星の秤動は2002年5月から2006年7月までの地上からのレーダー観測を解析して見つかりました([9])。秤動の周期が公転周期と同じ約88日で振幅が35.8±2秒角であったこと、またマリナー10号のフライバイ軌道から得られた重力を合わせることにより、核が融けていることを示しました。これは天体すべてが固体の場合に予測される秤動の振幅(約20秒角)よりも観測された秤動の振幅が大きいため、回転する固体の部分が少ないことから結論されました。2012年の次の論文ではレーダー観測データが追加され、またメッセンジャー探査機による詳細な重力場を取り込んだことで惑星全体に対する固体部分の比率(極方向の慣性モーメントの比)が精度良く決まり、水星に核が存在して融けていることが決定的になりました[10]。他の研究では、メッセンジャー探査機のレーザ高度計(MLA)の時系列高度データをカメラ画像から作られた数値高度モデルと比較して、それらの高度差が最小になるように自転軸や秤動などのパラメタを推定することによっても、レーダー観測と同程度の秤動振幅が導出されています [11]。 水星の他の周期の秤動は観測では見つかっていませんが、水星の軌道面が他の天体により変えられることによって起こる長周期(例えば木星の軌道周期である11.86年等)の強制秤動の理論研究がされています([12], [13])。理論計算によると、固体内核が存在するとした場合、それぞれの長周期の秤動振幅が内核の大きさに依存することから、内部構造をより詳しく推定できると考えられています([14])。探査機による秤動観測の次のターゲットはこれらの振幅が小さい長周期の秤動になるのかもしれません。

*注1(歳差運動) 地面に対して傾いて回転するコマ(独楽)は、回転軸が角度を保ったまま首振り(みそすり)運動をします。同様に、自転する天体が他の天体からのトルクを受ける場合には自転軸が首振り運動します。これを歳差運動といいます。また軌道面も他の天体からの力を受けて同様の変化をします。そのため昇交点(注2)がずれていきます(なお、トルクを受けるのは、回転楕円体や潮汐力による三軸不等楕円等、南北方向に楕円形状の天体の赤道面と天体に角度がある場合)。

**注2(交点月、近点月)  交点月は昇交点から次の昇交点までの時間。昇交点とは月の軌道が黄道を南から北に横切る点のことです。 近点月とは月の軌道上で最も地球に近い点(近点)から次の近点までの時間です。 軌道面が歳差運動をして昇交点が公転と反対側にずれるため、交点月は近点月よりほんの少しだけ時間が短くなります。

***注3(潮汐ロック) 月のように、潮汐力により中心天体側に引き伸ばされた天体では、引き伸ばされた部分に余分に力が働いて、自転速度が公転と同じになるように調整されます。潮汐によって自転がロックされる様子から潮汐ロックと呼ぶことがあります。第一回記事も参照してください。

参考文献等
[1] Williams et al., JGR (2014)
[2] https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/BCFEB4FC2FB7EE.html 月の様々な周期
[3] Rambaux and Williams, CeMDA (2011)
[4] Williams et al., JGR (2001)
[5] Matsumoto et al., GRL (2015)
[6] Pettengill and Dyce, Nature (1965)
[7] Colombo, Nature (1965)
[8] Anderson et al., Icarus (1987)
[9] Margot et al., Science (2007)
[10] Margot et al., JGR (2012)
[11] Stark et al., GRL (2015)
[12] Yseboodt et al., Icarus (2009)
[13] Yseboodt et al., Icarus (2010)
[14] Yseboodt et al., Icarus (2013)