気象衛星は宇宙望遠鏡になるか!? 〜ひまわり8号で見た月の地質〜

「ひまわり8号の画像の端に月が写り込んでいるだけど、見てみない?」

高校時代からの友人の一言からこの研究は始まりました。半信半疑で気象衛星ひまわり8号の画像を見てみるとそこには…
 

図1ひまわり8号の全球写真と写り込んだ月

図1. 2015/9/29 02:50(UTC)のひまわり8号全球画像と写り込んだ月

なんと、綺麗に月が撮影されていました!

2015年夏の運用開始以来、ひまわり8号は非常に高い解像度で地球の西から東へスキャン観測を行っています。そのスキャン範囲は地球外にも広がっているため、アジア−太平洋地域の気象だけでなく、地球の縁付近の宇宙空間も捉えています。この僅かな宇宙空間の中に月をはじめとした太陽系天体やベテルギウスなどの恒星(*1)が写り込むことがあります。特に月面は最高で5 kmという高い解像度で撮影されており、クレーター等の地質ごとの違いも見ることができる画像となっていました。

ひまわり8号の特色はそれだけでなく、10分に一回という高い観測頻度と、可視から中間赤外の波長にわたる16バンド(波長帯域)での同時観測にあります。このような高性能な観測により、2021年11月末の時点で900回以上も月が様々な波長で撮影されていました。中でも特筆すべきは中間赤外波長の画像です。この波長は地球上での観測では大気の影響を受けてしまう上、他の探査機による観測もまだ十分に多いわけではないため、宇宙空間から撮られた月画像は貴重でした。しかしながら、実際にこの画像が月科学に利用されたことはありません。「この画像は使えるかもしれない…」、そう思い、解析を進めてみることにしました。

本研究ではまず、ひまわり8号の中間赤外画像が月の研究に使用できるのかを、他の観測データとの比較から確かめました。サーモグラフィーで人間の体温を計測するのと同様に、中間赤外画像からは月面の温度を測ることができます。その温度は観測する波長にも依存しますが、幸運なことにひまわり8号のバンド11は、NASAの月周回探査衛星ルナー・リコネサンス・オービターに搭載された赤外放射計ディバイナーとほぼ同じ波長での観測を行っています。そこで、この2つの機器で測った月表面温度を比較してみたところ、両者はよく一致し、ひまわり8号も月温度観測に十分有用であることが分かりました。

 図2月の表面温度と地質的特徴
図2. 2019/6/27 10:40(UTC) の月の表面温度と地質的特徴

次に、ひまわり8号の特色である多波長観測を活かしてみます。大気のない天体では一般的に、表面の温度が波長によって異なる現象が起きることがあります。これはピクセル内に様々な温度の部分が混在する際に生じる現象で、天体表面の地質が原因と考えられています(図2)。例えば、太陽光が斜めから入射する朝・夕面(*2)では、天体表面の細かな凹凸により低温の影と高温の日向が生じます。これらの温度の混在により、バンドごとに異なる温度が計測されるのです。また、夜面(*2)では岩石量が大きな影響を与えます。天体表面を覆う岩と砂では冷えやすさが異なり、アポロ計画で得られた試料からの推定では、月の真夜中では岩が砂よりも100℃以上温かくなります。そのため岩石が多い場所では、波長による温度差が大きく、温度自体も周囲と比較して高くなる現象が起きます。

本研究ではこれらの現象の数値計算を行い、ひまわり8号での観測データと比較しました。その結果、数値計算がひまわり8号の観測値と一致するのは、月全体の表面の凹凸がアポロ着陸地点で実際に観測された凹凸と同程度である場合でした。つまり、ひまわり8号の中間赤外画像は月表面の細かな凹凸の推定に使用できるのです。また、ティコクレーター(図2参照)のような比較的若いクレーターは夜でも周囲より高温であり、月平均よりも10倍以上多い岩石を保持していると推定されました。これは若いクレーターにおいて、微小隕石が衝突することで岩が砂へと破砕されるプロセスが十分に作用しきっていないためだと考えられます。以上のように、ひまわり8号は月の凹凸や岩の量といった地質を知る上でも非常に有用だと分かりました。

このように本研究から、ひまわり8号の中間赤外画像は新たな太陽系天体のデータベースとして十分活用できることが明らかになりました。月だけでなく、水星・金星・火星・木星といった他の太陽系天体も撮影されており、今後の惑星探査において赤外放射計の機器校正などにも役立つと考えられます。また、それにとどまらず、ひまわり8号のバンド8は水蒸気観測用バンドであるため、今後の人類の宇宙進出において重要な月の水分布の推定にも有用である可能性があります。現状、月の昼面はひまわり8号の観測可能温度よりも高温であるため、前述の月表面の凹凸や岩石量が大きな影響を与える朝・夕・夜面のみの観測にとどまっています。しかし、将来的に昼面が観測されればこれらの不確定性が除去でき、ひまわり8号は今後の惑星科学においてブレイクスルーをもたらす宇宙望遠鏡になるかもしれません。

*研究成果は、Nishiyama et al., “Utilization of a Meteorological Satellite as a Space Telescope: The Lunar Mid-Infrared Spectrum as Seen by Himawari-8”として2022年7月4日に国際学術雑誌 Earth, Planets and Spaceにオンライン掲載されました。

*1: ベテルギウスを用いた解析例についてはTaniguchi et al. (2022, Nature Astronomy)をご覧ください。リンク:https://www.nature.com/articles/s41550-022-01680-5

*2: 月の1自転を1日としたときに、朝・夕・夜にあたる場所を表します。例えば、地球から見て上弦の月・下弦の月・新月であるときに、月の表側はそれぞれ朝・夕・夜にあたります。

(文責:東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程2年 西山学)