これまで月・惑星探査機の位置決定、軌道決定について測定原理、サイエンス、運用など5回にわたって解説してきました。最終回は地球周回衛星に対して行われる衛星レーザ測距を取り上げます。
衛星レーザ測距はSatellite Laser Rangingの訳でSLRと略称されています。地上から衛星に搭載されているコーナーキューブリフレクタ(Corner Cube Reflector; CCR(図1))にパルスレーザを照射し、反射光を地上の観測局で受信して送光から受光までの時間を正確に測定して距離に変換する技術です。概要は[1]の解説がわかりやすいです。

図1 CCRを搭載した測地衛星2例。左図:LAGEOS-I(1976)、アルミニウム被覆真鍮製、直径60㎝、質量400㎏。右図:あじさい(1986)、直径約2.15mの球に内接する多面体、質量682.5kg。あじさいは運用中の日本の人工衛星で最も古く、H-1ロケット試験機1号機で打上げられました。H-Iは2025年6月に50回の打上運用を終えたH-IIAの先輩にあたるロケットです。 (引用元Wikipedia)
SLRの特徴は、まず可視光または近赤外光を使った計測であることです。このため観測が晴天時に限られる一方、電波で問題になる電離層による伝搬遅延の影響は無視することができ、対流圏の遅延も比較的容易に高い精度で補正できます。次にSLR観測局と衛星の往復時間の計測であることです。このため衛星搭載機器が電力消費のないCCRだけですみ、また観測局でも高い精度で観測絶対時刻を推定せずに絶対距離を計測できる利点につながります。現在では条件がそろえば1㎜以下の精度も達成可能です。その一方でCCRのサイズには限界があるため、測距可能な対象は地球周回衛星と月に限られます[2]。
レーザが発明されたのは1960年に遡りますが、わずか4年後の1964年に米国のExplorer 22 (Beacon Explorer-B)という衛星に逆反射板が搭載されSLR観測が始まりました。この逆反射板は衛星先端部9枚のパネルで構成され、各パネルに40個の石英製のCCR (光学プリズム製)が敷きつめられていました[3]。
人工衛星の数は2010年頃から急速に増加し、それに伴ってCCRを搭載した衛星も増え、現状で130以上[4]、これらを測距するSLR観測局は世界で約50局あります [5][6][7]。日本では海上保安庁(JCG)の下里水路観測所と宇宙航空研究開発機構(JAXA)のつくば宇宙センターでSLR観測が行われています(図2[8]、図3[9])。
蓄積した観測データを解析することで衛星軌道やSLR観測局の位置だけでなく、地球の自転運動、形状、重力場が精密に求められ、地球基準座標系が定義されます。さらに地震などによる局所的な地殻変動、氷床の消長による地殻の上昇・下降、地球重心の周期的変化まで捉えることもできます。SLRはVLBI(超長基線電波干渉法)とともにこのようなグローバル測地学を支える重要な観測なのです [2]。
また最近では高額な建設・維持費用のためSLR観測局が北半球の欧米諸国に偏在し、数もなかなか増えない問題の解決を目指し、小型軽量で移動可能かつ安価なSLR観測装置(Omni-SLR)の開発が日本で始まっています。Omni-SLRではSLR観測局でよく使われる時間幅10~100ピコ秒のレーザではなく、小型軽量で比較的安価な時間幅約1ナノ秒、繰返し周波数10kHz以上のレーザ送信系を受信系と共通の架台に載せ、レーザ往復時間計測を含めた全システムの小型化が進められています[10]。

図2 下里水路観測所のSLR観測 [15]
図3 つくば宇宙センター局のSLR観測[16]
SLRと同様に月面に設置されたCCRへのレーザ測距はLLR(Lunar Laser Ranging)と呼ばれています。1969年にアポロ11号の乗組員に設置されて以来、アポロ計画(米国)とルナ計画(旧ソ連)で計5個のCCRが設置され、月の軌道や潮汐、自転変動の推定に貢献しています。2025年3月には月着陸機Blue Ghost(Firefly Aerospace社、米国)に搭載された口径10㎝の単一素子型CCRが月の危難の海に着陸し月面で6番目のCCRとなりました[11]。
SLR/LLRは搭載/設置できるCCRのサイズに限界があるため、距離の増加によって反射効率が大幅に減少し、月(平均距離約38万km)が限界です。しかしさらに遠方でも、衛星側にレーザ送信・受信ができる装置があれば、衛星の姿勢制御やデータ処理によって片道測距を行うことはできます。例えばNASAの水星探査機Messengerでは2005年5月、距離約2400万㎞でSLR観測局と搭載レーザ高度計(MLA)の非同期双方向の片道測距実験に初めて成功しています。非同期双方向とは観測局と探査機がそれぞれ独立にレーザパルスを送信し合うことで、双方で記録した送受信時刻を照合して距離を求めました[12]。そして2020年12月、距離約600万kmで小惑星探査機はやぶさ2のレーザ高度計(LIDAR)に対する同期双方向測距実験に初めて成功しました。これはSLR観測局から探査機に送信されたレーザパルスに同期した逆方向のレーザパルスを探査機側から観測局に送信するもので、機能的には通常のレーザ測距と同じです[13][14]。2023年4月に打上げられたESAの木星氷衛星探査機(JUICE)でも搭載レーザ高度計(GALA)を使って双方向片道測距実験が計画されています。
以上衛星レーザ測距(SLR)を中心にレーザ光を使った距離測定の現状について簡単に紹介しました。SLRはレーザ光の往復時間を使った高精度な距離測定技術であり、手法の制約のため対象は地球周回衛星と月に限られますが、高精度な距離もしくは軌道決定を通じて地球基準座標系の構築をはじめとするグローバル測地学に多大な貢献をしています。それ以上の距離でもCCRの代わりに搭載レーザ高度計を利用して非同期/同期の双方向片道測距実験が成功しています。
[1] https://geo.science.hit-u.ac.jp/research/minilec-slr/
[2] https://geod.jpn.org/web-text/part3_2014/otsubo/index.html
[3] https://nssdc.gsfc.nasa.gov/nmc/experiment/display.action?id=1964-064A-03
[4] https://ilrs.gsfc.nasa.gov/missions/satellite_missions/current_missions/index.html
[5] https://ilrs.gsfc.nasa.gov/network/stations/active/index.html
[6] https://ilrs.gsfc.nasa.gov/ILRS_Virtual_World_Tour_2020/
[7] https://ilrs.gsfc.nasa.gov/ILRS_Virtual_World_Tour_2021/
[8] https://www1.kaiho.mlit.go.jp/shimosato/j/
[9] https://track.sfo.jaxa.jp/project/slr.html
[10] https://www.miz.nao.ac.jp/rise/node/634.html
[11] https://umdphysics.umd.edu/about-us/news/department-news/2000-nglr.html
[12] https://ilrs.gsfc.nasa.gov/lw15/docs/papers/Laser%20Ranging%20at%20Interplanetary%20Distances.pdf
[13] https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20210317_LIDAR/
[14] https://www.miz.nao.ac.jp/rise/node/687.html
[15] https://www1.kaiho.mlit.go.jp/saiyo/yougo/topic12.html
[16] https://assets.toyo.co.jp/files/user/company/documents/release/230425_jaxa_slr_71032.pdf
(文責:荒木 博志)